教育職の成果評価を如何にすべきか

学習塾の講師が,特に大学生を中心とする非常勤職員の立場から「ブラックバイト」として最近も問題が大きく取り沙汰されるようになってきていますが,個人的には,既に時効に掛かっているであろう案件なども含めて,「業界事情」はそれなりに存じてきているところであり,なお関心を強く持って動向を注視しています.

ブラックバイト指摘の学習塾 賃金未払いで是正勧告
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160108/k10010365431000.html

塾のブラックバイト、厚労省が改善要請 違法な例示す
http://www.asahi.com/articles/ASH657F6BH65ULFA02J.html

考えられる一応の構造原理的事情としては,業種特性として,「仕事をやり込んだ分だけ精度は上がるので,『持ち出し』になってでもやりたいと思ってしまう,従業者の動機が存在する」という点は指摘出来ようかと思います.また他方で,其の「成果」を適正に評価する方法については,現在に至るまで明示的な基準が出来ているとは到底言えない,という面も,結果として「タダ働き」に陥りがちな方向へ拍車を掛けている一因ではないでしょうか.

こういった構造の元では,やる気(更にはそれに伴う実力も)がある人は労力を「持ち出し」してまで「良い仕事」を成す一方で,評価基準が明示的に存在しない以上,「手を抜く」方向もそれこそ無制限に近い程度まで出来てしまう,という状況が,構造環境のレベルからして存在している,という事になります.「意欲的なタダ働きvs逆の意味で積極的なサボり魔」の恐るべき底無し沼です.

ちなみに,此の構造自体は更に広く言えば教育職全般に共通すると考えられ,例えば学校職員(1条校教諭)等に対しても,同様のメカニズムは恐らく働いているものと見受けられます.”クズ教師”がさんざん槍玉に挙がる割には,知人の教員らは総じて激務と向き合っています:一体どういう事でしょうか,と.

 

一方ではまた,教育産業が大学生等を「使い捨て」の如く酷使してきた構造そのものは,無論近年に始まったものではありません.
もっと深く,(筆者のポジションをも込めて言うならば,)其の背景には「教育なんぞは入試に受かった人なら誰でも担える」との(誤った)認識が,民間教育業の成果を享受する側(生徒・保護者)と提供する側(塾などの経営者・及びアルバイトに至るまでの従業者総員)の双方に,広く蔓延してしまっている,という構造があります.
この事は,もはや「社会問題」という看板の下で語られるべき事案であって,「ブラックバイト」の当事者として行政処分レベルに関係した人々,程度の規模の話として矮小化して済ませてしまうべきでは決してありません.

 

「仕事をやり込んだ分だけ精度が上がる」≒「持ち出しになってでもやりたいと思ってしまう」(前述の通り,後者は本来ダメな訳ですが)という構造をより具体的に説明する為に,実例の一として,私自身が個別指導で行っている対応の内訳を,簡単に列挙してみる事にします:

私の個別指導時間単価は「高い」と言われる事もありますが(それでも,「プロ家庭教師」の中では珍しくない程度で,また業界トップクラスからすればせいぜい数分の一ほどです),直感的にそう思って言ってくれたクライアントには,さしあたり「時間単価を5で割ってみて下さい」とお伝えする事にしています.

●例えば,1回の指導時間が2時間とします.
●指導本編前及び指導後の,生徒本人・保護者の方とのコミュニケーション(ここでの情報交換が実は重要です)が,平均30分程度(多くの例では15~45分の範囲).※なお,この部分を「時間給」の計算に敢えて含めていない事に関しては,教育業としての成果を最大化する為の目的に基づいた積極的戦略指針設計が存在します.
●毎回の指導終了後・及び次回指導直前(移動時間等の活用を含む)に,「今回指導の反省→今後の指導における大局展望の立案→個別具体的指導指針項目に落とし込む作業」を進めておきます.毎回30分~1時間程度.
●更に,上記の計画内容を文書化(必要に応じて随時クライアントに提供出来るよう,可及的速やかに準備しておく)するのに1~2時間程度.
●特に「学習指針を指導伝達する為の『学習の進め方・取り組み方の設計』」に関しては,随時構想を練り直してはメモに落とし込み,自宅やPC環境の整った状況でやはり文書化しておきます.これが概ね平均して指導1回分に対し1~3時間.
●また当然の事ながら,指導者側もつねに,教授すべき知識内容をアップデートする「学習」は続けていく必要があります.各教科・科目内容のブラッシュアップも当然の事ながら,更に「学習の方法論(いわゆる『受験勉強論』)」については,新たな方法論が世に出る事がしばしばある為,それらの情報収集も欠かさず行っていく事は必須です.其の多くは市販の成書が情報源となりますが,平均して週に2時間程度でしょうか.

以上,大まかに試算してみましたが,単純に足し算してもお分かりの通り,「1回2時間の指導」に対しても,準備及びアフターフォローに掛ける時間を含めれば,「指導1回当りに指導者が掛けている総時間量」が10時間に達する事はごく普通です.即ち,この計算の結果から,「名目指導時間中のみの『拘束時間給』で考えた場合の約5倍を,指導料として設定し請求する」という話になる訳です.

 

結局のところ,指導の対価は「指導時間に対する単価」として設定している訳ですが,他に妥当な計算方法が見つからないので,経験則として「おおよそ5倍」という数値的基準を現行採用しています.実際はもっと,例えば「10倍」に近い事もあるかもしれませんが,ひとまず現状の金額を頂ければ,営業上は回ると言えます.

逆に,指導者の実働量が「名目指導時間の5倍」を下回る事はないでしょう.例えば私は,1回2時間のみでそれきり(その後継続無し)の指導に際しても,「生徒の学習状況現状・今後の展望・在籍学校のカリキュラムの水準と本人の達成状況・進路選択へ向けて必要な取り組み」といった内容を含む,A4判1~2枚程度のレポートを作成し,提供しています.

勿論,厳密な事を言えば,この方法でも「持ち出しを高額単価設定で補っている」という構造である事は否定出来ません.それでも,経験則を含めて,プロ個別指導者の平均的な(それこそ「ピンからキリまで」の)時間単価の5倍程度の対価を支払ってもらえれば,当方の教育業としての能力相応の成果は提供可能である,と明示する事は出来ます.

 

ところが,もし「拘束時間給のみ」で計算した場合(=現状民間教育業界の殆ど)においては,この「相応の成果の提供」に資する為の労力の8割が,「タダ働きの丸々持ち出し」となってしまう訳で,ブラックどころか「職務としての本末転倒」が起こっている,とさえ形容せざるを得ない状況ではないかと思われる次第ですが,ひとまずはあらためて「適正な対価とは何か」という題目をもって,広く世に問いたいと存じます.

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