「記述式試験の意義」を明確にせよ e.g.ベネッセ

前回記事 http://wp.me/p6S43T-eD でも述べていましたが,「何のために記述問題をやらせるのか」については,よくよく考えなければならない命題と存じます.

例えば,「数年来にAIが爆発的に普及して人間の『その部分の』知能は要らなくなるから,そこでもなお必要とされる知性を選抜する事が肝要になるのだ」という論題があったとします.しかし,それが凡そ正しいとしてもなお,いわゆる「ラストワンマイル」即ち「この部分だけは導入コストを勘案した結果当面は素手でやる」といった問題は発生しうるのであって,更に斯様な問題は各分野に発生してくるものと考えられます.

他方で,論述式答案で求められている「技能」は,敢えて言ってしまえば「型にはまった」論述技術でしかありません.このあたりを当局がどのように考えているのか今一つ見えてこない最中ではありますが,ここは敢えて強く「このままでは恐らく失敗する」と強調しておきたい.
その具体的内訳としては例えば「東ロボくん」の反省を活かすも良し,ありとあらゆる受験産業の知見が集約されうるところでしょう.殊に,今回大学入学共通テストの記述式問題採点を落札したベネッセコーポレーションなどはまさにその「受験産業」の雄でありますから,活かせる知見を全面に活かせば出来る事は少なからずあるように思われます.私見ながら一言までに.

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