年始は外に出なかったので,身内と居合わせる時間が多くあった.
昨年は中学時代の事をだいぶ掘り返して方を付けていたので,ついでに「制服が無かった話」についても蒸し返して置いたところ,親の顔が曇った.
私は中学高校を通じて制服を着る機会がなかった.いずれも公立だから,厳密に言えば校則というものはそもそも無かったはずだが,実際には「生徒心得」が其の役割を担っていた.周囲の同級生達はなぜか皆制服のようなものを着ていた.大学進学以降に此の話をすると,「制服の設定が無かったのはお前だけだ」とよく注釈を入れられたものだが,その注釈を担う中高の同期かつ大学以降も交流のあった中心人物は30歳になったばかりで死んでしまったので,爾来私の正史では制服など存在しなかった事になっている.
中学進学時点で既に私はルールベースの虫だった.無論,自身にとって差し支える事情を見てから適用しうるルールを用いて理論立てを設計する訳だが,請求していない権利が認められる事は無いという社会制度の建て付けの原則は今も同じであり,別に敢えて御都合主義などと括るほどの事でもなかろうと思う.
制服規定に対してまず使うために選んだ武器は憲法違反だ.公立学校に通学するに際して生徒の服装が規定される事を違憲とすべき理由が何であるかはよくわかっていなかったが,少なくとも性別に依る規定が2択とされている事が14条違反にあたるのは易々と見えていたので,当初から「貴様の物言いは発想自体が憲法違反である」と教職員全員に対して公然と言い放った.公務員は違憲を持ち出せば黙るという想定も当然織り込み済である.
尤も此の前段には今一つの譲歩機会もあった.中学進学に際して準備を具体的に考える時期になって,私は親に「2種類あるなら両方用意してほしい,それなら日々気分で好きなようにコーディネイトして着ていけるから」と伝えたが,此の案は「高いからヤダ」との返答で一蹴された.それならいずれも着ない.私は今でも,ドレスコードが指定されている機会は全てボイコットしているが,ここの線引きは当時以前から何ら変わっていない.大人になってからは幾度か折に触れてあらためて考えたが,いずれも私自身にとっておよそ不利益しかないという結論が確認されるばかりだった.
なお,此の話で私が制服を嫌っていた理由は性別規定だけだと思っている人も過去に居たようだが,実は「硬い服」が苦手という事情もある.私は長時間服を着ていると身体が痛くなってきて,その日の後半には全身が炎症を起こしているような感覚で神経が参ってしまう.だから正直に言えばそもそも服はなるべく着たくない.一方で何も着ないと自分の身体同士が接触するせいでベタベタして気持ち悪いので,室内では空調を完備して出来るだけ薄着をしている.此の身体特性と対策生活は幼少の頃から傾向としてはあまり変わっていない.
しかし「制服型の私が着るための服」は用意されていた.中学入学から3年間,今思い出しても凄まじい抗争がずっと続いていたが,卒業式ではどうしても制服を着ろという.授業参観の時だけスーツにネクタイを着用してきた教諭陣のゴミクズたる態度の集大成だった.不登校同級生は既にいたから,卒業式そのものをボイコットする事は可能とわかっていたが,それをやってしまうと私以外に実は制服を好ましく思っていない人が将来にわたって救済されない恐れがあり過ぎるので,仕方なく教室から移動して会場の体育館に入る直前にブレザーの上着をかぶって入場した.
私はこの際,既に報復措置を織り込んで準備していた.卒業証書は壇上で校長から一人一人受け取る.生徒の登壇は流れ作業状態になるが,自分の番が回ってきた段階で何をしようと式典自体をクローズし切る事は出来ない.そこで,校長の面前で「こんな形で卒業証書を受け取るわけにはいかない」と宣告して,制服を全部脱いだ.内側には学校指定の体操服(性別によらない)を着込んであったから,過剰露出が問題になる事はない.隣で卒業証書を1枚ずつ準備する役の学年主任は真っ青になって震えを抑えながら固まっていたが,校長はニコニコしながら脱衣の準備が完了するまで待ってくれた.こいつだけはマトモな大人だと思った事を今でも覚えている.
式典終了後に在籍級の教室へ戻ると,マトモに頭が回っている同級生らから「遅くとも登壇する前に脱いで行くべきだった」との指摘が複数件入った.筋を通すならその通りだが,それでは卒業式を主催運営する側に逃げる余地を与えてしまう事は上述した通りである.かくして私は,成人以後にわたるまで「自爆テロの名手」と評されるようになった.私は今も生きているから語義がおかしいが,風来のシレンにおける大型地雷足元踏み戦術のようなものだろうと思っている.
実をいうと,此の時の決断にはだいぶ迷った.最大の阻却要因は「そこまでやるか」という評価(evaluation)の問題だったが,しかし私には「七五三の際に着物を着せられた」という同様類似の苦い経験があった.十年どころではなく前の事だが,当時の私ははっきりと憶えていた.好きでもない硬い服を着させられて何も面白くない儀式のために延々と連れ回された日,午後になって貰った千歳飴も大して美味くなく,往時の若年者にとっては本当に何の旨みもないイベントだった.親の趣味で着せようとする事実には間違いないのだから,土下座してでも頼み込むか,さもなくばせめて「私は今から自分の実子をおもちゃにします」と公言くらいはしろ,と思った事を憶えている.後には未成年の間に此の点を蒸し返して直言した事もあったはずだ.齢一桁の私は斯様な大人の汚さを見て,永遠に信用ならないと思った.ちなみに,此の無益有害な大人のゴミクズ度合については,少なくとも2歳になったばかりの頃,妹が生まれた直後の親族の集まり以来,度々煮え湯を飲まされてきたから,七五三当日時点で既に積年の恨みである.
他にも事情はあるのだが,私は概して恨みと復讐心でその後ずっと生きてきた.転機になったのは,十年ちょっと前に現師匠・苫米地博士のコーチングを受けた事である.私は開口一番「いいかげんそろそろ幸せになってもいいかなと思いまして」と言った.此の段階だけは私の側からの一方的な発露作為だからNDAに抵触する事もないと思う.
現代でも小中学生からの話を聞く機会はあって,そこでは依然として斯様な人権侵害が日本国内でも存在している.私も色々学んだので,今でこそ公教育で制服を導入する正当事由についても存じてはいるのだが,それにしても外形の性別規定は所詮当人の趣味で選べば十分であって,要するにコスプレと何も変わらない.と言うより,現代日本のポリティカル・コレクトネスに照らせば,性別欄のラベル如何そのものがコスプレの一種としての情報しか持たない事になる.結婚も生殖も任意とされている手前当然だ.もし此の主義を認めないのであれば,憲法違反(含98条)以前に理詰めの問題として、柳澤伯夫厚生労働大臣(当時)の「女性は産む装置」を全面肯定しなければならない.「性別表示はコスプレ」vs「女性は産む装置」のいずれを採るか,私は社会合意の結論ならどちらでもいいと思うが,国民投票を実施したとて今なら多分前者が選ばれるのではなかろうか.
尤も,此の教条は旧約聖書の規定(申命記22章5節)に反するからアブラハムの宗教と両立しないが,日本国憲法は信教の自由を保障しているのだから,申命記22章5節の記載条項を呑まない権利も当然に保障される.従って結局,性別欄がコスプレである事を認容しない人物は国賊として追放すべきであるが,その前に憲法では22条で日本国を離脱する自由を認めている通りである.
もうこんな話に触れる事も無いだろうと思っていたが,今般機を得て幾分長くあらためて解説する運びとなった.少なくとも日本中で二度と斯様なダルい説明を必要とする機会など発生しないよう,「理詰め一択」の結論には誰もが瞬時に辿り着ける程度に教育の充実がなお望まれる.
