過日,民間の国内大手企業の技術者らと話をする機会を得たのですが,「高校物理で習う閉回路図もマトモに描ける人材が中々居ない」という半ば泣き言に近いボヤキ合いの席にそのまま居合わせる事となりまして,教育関係者の一として「そういえば,高校で物理の履修率って1割台とかじゃなかったっけ」と一言挟んだら場の空気が驚天動地間近と見えたので,あらためて公式統計情報を確認してみた次第です:
文部科学省 教育課程部会 理科ワーキンググループ
理科に関する資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/060/siryo/__icsFiles/afieldfile/2016/05/12/1370460_8.pdf
p.6 現行学習指導要領における理科の改善等物理基礎 物理
普通科等 65.6% 22.8%
職業教育を主と 41.3% 1.7%
する専門学科総合学科 28.2% 5.9%
合計 56.7% 16.2%
なるほど…「普通科等」に何とか限っても2割がいいところ,という現状はやはり確かなようです.
とは言え,履修した「事になっている」人が必ずしも当該科目の内容をマトモに修得しているか?と更に疑問を立てても,当サイトの読者各位にはもはや「大義名分」を振りかざして怒るような方は無いでしょう.
という訳で,本邦最大の統一国家試験の結果成績から,物理という高等学校科目の修得状況を,より実態に近いと思われる形で参照してみる事にします:
p.2 平成29年度大学入試センター試験(本試験)
総受験者数547591人
物理 受験者156719人(28.6%) 平均62.88点 満点100 標準偏差22.45
配点(満点)に比して標準偏差が比較的大きいので「基準」の定め方に一寸迷うところですが,例えば「センター試験の物理で8割を切るようでは使い物にならん」という事で「高校物理がマトモに出来る層」を抽出してみますと:
80-62.88=17.12
17.12/22.45=0.7626
正規分布表はいつもの先達にお世話になる事としまして,
https://staff.aist.go.jp/t.ihara/normsdist.html
有効数字は元データの時点でブレが有るので適宜それっぽく計算すれば:
∴80点=偏差値57.6
=同科目受験者中上位22.4%
=35042人(センター本試験総受験者中6.40%)
…センター物理80点以上は同学年中3万5千人,だそうで.
ちなみに,「80点程度ではヌルい,少なくとも偏差値60(86点/満点100)を割るようでは科目内容修得は疑わしい」と更に厳しく見る事にした場合には:
86-62.88=23.12
23.12/22.45=1.030
∴86点=偏差値60.3
=同科目受験者中上位15.2%
=23742人(センター本試験総受験者中4.34%)
…高校物理の「マトモな人」は2万4千人足らずという事になってしまいました.
上記以外に,センター試験を通っていなくて「高校物理がマトモに身についている人」が果たしてどの程度居るのか,人数割合を量的に測る事は難しそうですが,一つの「大口」集団としては,高等専門学校(高専)出身者という括りが考えられます.高専は事実上大半が理工系学科に特化しているので,とりあえず高専卒業者の人数を確認してみましょう:
高等専門学校の現状について
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/067/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/06/24/1358990_03.pdf
上記データは数年前のものながら,p.4を参照すると「10580人」との事です.
なお,直近の調査ではもうちょっと少なく,1万人を下回っているようです(例えば文部科学省「学校基本調査」).
この高専経由者「1万人」の全員が物理(高等学校科目相当内容)をマトモに修得して使えるようになっている…などと期待するのは,統計割合としてはさすがに高望みに過ぎるかとしても,
実際問題として,上述の2万4千人なり3万5千人なりにこの1万人を足したところで,学年あたり「高校程度物理をマトモに学修した人」はせいぜい4万人前後,という事にしかなりません.
冒頭の話で言うと,「閉回路図を描ける人材」を採ってこようと思ったら,各年度この「4万人」の中から争奪戦に勝つ事が求められる…という事になりましょうか.