#少女漫画 雑誌 #ちゃお に #セクシュアルマイノリティ 取扱作品が登場

発売中の少女漫画雑誌「ちゃお 7月号」内の連載作品「こっちむいて!みぃ子」で,今月号所載分からセクシュアル・マイノリティの当事者にド直球で触れている作品があるとの情報を得て,実際に拝読したところ良作と見えたので,こちらに御紹介拡散申します.

なお,「ちゃお」はKindle版で購入する事も出来ます:
https://www.amazon.co.jp/dp/B0954CSZF8/

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遺産分割において不動産を共有とするのは愚策である

久しぶりに不動産相続登記方面の話を少し.

 

表題にもある遺産分割における不動産の分割ですが,個別の不動産を分割して「共有」状態とする事は,誠にお奨め致しかねます.一般論としては,もはや「予後が悪い」とまで言っても過言ではない程度の話です.

即ち、不動産は原則として一件あたり相続人一人の所有として遺産分割を行い,不動産を相続しなかった他の相続人(ら)にはその分をキャッシュや金融資産等で相続してもらう,というのが,推奨される原則となります.

ですから,資産家は何よりも,相続後の遺産分割に備えてキャッシュを貯めておく事です.

また,それでも足りなければ,言わば「不動産ローン」の形にして代償分割とするのが善後策でしょう.

 

実は,この後には更に,「不動産を相続した人に固定資産税が満額掛かる」という問題もが生じるのですが,そこは従前の「先代がキャッシュを作った方法」を利用する事が出来れば幸いでしょう.
また,そのビジネス方法が丸ごと他の相続人に引き継がれる事になってしまった場合には,別途不動産の固定資産税・都市計画税を調達する算段を考える事になりますが,もし当該不動産が自宅でなければ賃料で埋め合わせてもいいし,何なら思い切って売却を考える,という手もあります.

 

ちなみに,今更ながら筆者は宅建士かつ国家資格FPですので,この方面の御相談に応じる事が出来ます.筆者の他の職務に比して格安な金額で御提供できますので,もし何かお困りの際は遠慮なくnlimeblizzam[at]hotmail.comまで御連絡下さいませ.

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#クライシスサイコロジー 対応を #着手金 #20万円 に改める事としました #拡散希望

当方の職務における改正項目は表題の通りです.

こうする事で,各自治体の社協(社会福祉協議会)から最大20万円の緊急貸付を受けて使えるようになる為です.

本来はクライシスサイコロジー対応こそ無償で提供したいものですが,時間もコストも膨大に掛かるので,ギリギリの落とし所(今回の改正でいささか持ち出しですが)として対価を定めたい次第です.どうぞ宜しくお願いします.

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#アスペにやさしい東京大学 への途【後編】

前記事の続きです.引き続き,筆者の「社会的所属」歴を復習しておきます:

●幼稚園(2年保育)
 年中:女子
 年長:女子

●小学校
 1年生:女子
 2年生:女子→追放
 3年生:男子
 4年生:男子
 5年生:人外
 6年生:人外

●中学校
 1年生:男子
 2年生:男子
 3年生:男子

●高校
 1年生:男子
 2年生:男子→墜落
 3年生:東大組牽引/不登校

 

「第1志望に落ちたので仕方無く県立トップの高校に入学した」当初は,「何が悲しうてこんな奴らと机を並べて勉強せにゃならんのか」という態度を決め込み,高校1年次最初の1学期間は,同級生と殆ど会話もしませんでした.無論,交友関係が出来るはずもありません(中学3年次同級生のゲーマー仲間は他の職業科高校へ,知的障害生は地元企業へ就職となっていました).

中3次の高校入試模試で「満点から1点落とすと順位が27位まで下がる」事を経験していた筆者は,この高校で「とりあえず,この27位を防衛出来ればいいかな」と思っていました.
小学3年次から既習だった化学は1学期中間試験で当然の如く満点,しかし数学(試験2回)は難関でした.さすが在りし日の「理系の厚木」.
校内実力テスト(いわゆる校内模試)ではちょうど27位(/学年398人)で,「まぁ防衛したかな」の結果でした.ちなみに英語は1位で,「数学の厚高生は英語が弱点」と見切りました.英語の偏差値が80を突破するのは翌年度の事です.

高校でも当然の如く制服は着ておらず,3年次には「厚高は私服登校OKになったのですか?」と生徒会に保護者から問い合わせがあったそうです(知人の生徒会役員からこぼされました).
相変わらずトイレは男子だし着替えはしない(体育も私服)訳ですが,なんか最初から目立ってたらしく,入学者説明会(3/18)には上級生が既に「あいつが入学してくるらしいぞ」「学附面接で落ちたんだってー」と噂していました.(※実際には東京学芸大学附属高校の合否は「ほぼ学科筆記で決まっている」そうで,そうすると筆者は「数学があと小問2つ解けていれば受かっていた」程度だったという事になります.)
また,学年教諭陣の間で,「生徒指導委員会」「美化委員会」等と同等の位置付けで「ブリザム対策委員会」が設けられていた事が,3年次に他クラスでバラされました.理由は,「あいつはボコられるのではないか」という事が主眼だったようで,生徒指導部の教諭から身に覚えのない呼び出しを受けて「最近何か無かったか」と頻繁に訊かれたりしていました.

高校1年次1学期の内申点は,学年5位(10段階評価13科目で113/130点)でした.ここでも半端に優位に立ってしまった事が,後に筆者の運命を分けていきます.
初回の進路志望調査では,祖父(町医者でした)の後を継ぐ事を考えて「東京医科歯科大学」と書きました;「東大理三は流石にキツいだろう」くらいの感覚です.

 

1年次の文化祭では,クラス代表がなかなか決まらず,もう1つの責任者ポストであった「会計長」を筆者が先に引き受けて,クラス代表者は審議継続,という形でスタートしました.
責任者集会に早目に集合して待っていると,入学当初から教室の角でゲームの話をしていた同級生が,学ランを着てやって来ました.

「君なの?」

これが,私が高校でクラスメイトと話した最初の発話でした.

このクラス代表とクラス全体の不仲や,先輩も含めた学園祭実行委員会での態度なども大概でしたが,筆者の居たクラスでは,彼がラジオのクイズに全問正解して「クラスに賞金10万円」を獲得したので,最終的に「文化祭で赤字を出したのに全員に2322円が分配される」という,珍事態になりました.このとき,割り切れずに余った6円は担任に謹呈したのですが,この担任は後(我々の卒業後)に痴漢(手鏡スカート下覗き)で捕まり,余罪100件で免職となりました…;同期の間では今でも「黒歴史」と呼ばれております.

 

高校2年次ではクラスがだいぶ分かれて,先の1年次クラス代表とも別クラスとなりました.ところが,彼は1年次末の「学園祭審議委員会」(来年度の実行委員会へ向けて企画を立てる委員会)に呼ばれてバカ正直に委員となっており(呼ばれて行った1年生はたった5人でした),しかも「一般生徒質疑応答会」に出席したのは筆者一人とあって,翌年度(高校2年次)の「高校全体学園祭実行委員会」は結局,この審議委員会と,巻き添えで引っ張って来られた筆者のようなポジションの人材で構成される事になります.ちなみに1年次のクラス代表の彼は,翌年度には学園祭全体の実行委員長になりました(苦笑).

という訳で,高校2年次はおおよそ学園祭実行委員会の思い出で埋め尽くされましたが,そんな中でも「英語でトップを取ったら数学のトップを紹介してもらった」などのエピソードもありました.彼らを集めて,後に筆者は「東大組」を組閣する事となります.この時のスローガンは「我が校から東大10人」でした(直近年の最高は9人,年によっては3人程度で,2桁には届かない状況が続いていました).

 

さても,この学園祭総合実行委員会が問題で,内部では「優等生同士の恋愛ごっこ」(分かる人には分かるであろう,稚拙から始める上にエグいやつ)が続いていました.文化祭が終わった翌日,実行委員長は同期の委員と”正式に”交際を始めました.
このとき,筆者は「親友を取られた」と感じた訳ですが,体力的にも「男子部に居る限界」を感じ始めていた事と相俟って,うっかり彼女持ちに惚れ込んでしまいます.筆者の「男子部」生活は,ここであっけなく「墜落」して終わりました.その後,筆者が「男子部」に復帰する事は結局今に至るまでありません.

周囲の女子は(恐らく「勝てる見込みが無い」と分かった上で)「応援」してくれていたりしましたが,当の彼女さん(元委員会同期)との仲だけは険悪で,「私の彼に近付かないで!」まで言われました.もう1,2歩くらいで「上履きに画鋲」どころか「どっちかが相模川に浮かぶ」くらいの空気感でしたが,結局その後筆者は彼から正式にお断りされ,「あまりいじめないでやってくれないか」と言われてしょげる事になります.(なお,彼らは後に結婚し,現在ではお子様もそれなりの歳に育ってきています.)

ここへきて,筆者はようやく「あぁ,女子部の方が包容力は高いんだ」と,初めて認識する事になります.何しろ,小学校後半は「人外」枠でボコられ,中学では「学年首席別格」で性別云々以前の好き勝手をやっていた訳ですから,実質的には「約10年ぶりの女子部復帰」という感じだった次第です.

 

高校3年次には件の彼と再び同級生となり,もう一人の実行委員会同期(その後も引っ張られて生徒会会計役員になっていた)とも一緒になりました.
しかし,筆者は「受験勉強が忙し過ぎて高校へ通っている暇が無い」という理由で,公立である事をも盾に,出席日数ギリギリまで学校へ行かず,ひたすら自習を続けていました(詳細は以前記事述).
ちなみに,高校2年次の12月には,時の担任(後に教育委員会へ引っ張られて行きました)に個別面談を申し込んで,「もう高校生と大学受験生の『兼業』は疲れました」と相談しています.この時,担任がもし引き留めたら学校を辞めてやろうと思っていたのですが,彼は「もしこれこれの状況になったら,それは君が本校を辞める時だよ」と丁寧に対応してくれたので,筆者は「一応籍を残す」という判断に落ち着いた次第です.

 

この高3次,理系クラスは43人中女子が5人という有様で,しかも筆者はどうやら女子の学年トップ(後に現役で東大文三に進学)から「ブリザムさんは怖くて話しかけられない」と言われていた,と同級生の女子(なぜか私の髪をショートにする事に3年間固執していました)から聞きました.
そんな訳で,「東大組」の組閣(休日もほとんど模試等で顔を合わせていました)は,実質的に「男子部の再結成」に近い形となっていました.

 

少し時間を巻き戻して:
高校2年次の9月,進路志望の「暫定確定」期日が迫っていました(往時文理分けは高3のみ).筆者は,「学者(東大理一)」と「医者」の二択で迷った挙句決めきれず,結局学園祭実行委員長だった彼にひっそり相談しました.

すると,彼は「お前を医者にしておくのはもったいない」と言いました.

「筆者を医者にするとヤバい,絶対やっちゃいけない生体実験とかやりまくるだろう」は誰でも言うところだったのですが,上述の一言は意外かつ強烈で,これを以て筆者の「学者ルート」が決まる事になりました.

 

その後も多々有るのですが,結局筆者は東京大学理科一類→理学部数学科→大学院数理科学研究科と進学する事になり,大学では体育の授業カードで「女」欄にチェックを入れなければ女子扱いにならない(往時),という事情もあって,ジェンダー方面ではおおよそ困る事はありませんでした(対人関係はともかく).
筆者のアスペルガー障害が判明するのは,大分後になって学部4年次の事です.自閉症スペクトラム指数(Autism Quotient)は46/50と,かなり重度でした(発達障害の判定基準は33/50,健常者の平均は21/50).

 

という訳で,以上3記事にわたって「いじめ」と「学力」と「発達障害」と「ジェンダー(性的少数者)」に関して,筆者の体験を追想しながら述べてきた訳ですが,ざっくりまとめるならばやはり「アスペルガー症候群該当者は可能なら学力上位(更に言うなら東大)を目指すと良い」「いじめは学力の威力で一掃出来る」「性別の壁はぶち破れない事はないが,セクシュアルマイノリティは暫定『女子部』に置いといた方がマルい」といったところでしょうか.

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#いじめ を #学力 トップで克服する【中編】

前記事の続きです.先ず,筆者の「社会的所属」歴を復習しておきます:

●幼稚園(2年保育)
 年中:女子
 年長:女子

●小学校
 1年生:女子
 2年生:女子→追放
 3年生:男子
 4年生:男子
 5年生:人外
 6年生:人外

●中学校
 1年生:男子
 2年生:男子
 3年生:男子

●高校
 1年生:男子
 2年生:男子→墜落
 3年生:東大組牽引/不登校

 

中学進学に際して,「このままではいじめられ続けるから,『どちらか』に決める必要があるだろう」という事で家族会議が開催され,中学校では「とりあえず男子寄せの方が問題になるリスクが少なかろう」というだけの理由で,長い髪を切って男子制服を作る事になります.着なかったけど.
尤も,もしあと1~2年前述の「いじめ」が続いていたら,筆者はナチュラルに死んでいただろうと今でも思いますので(自殺か他殺かはともかく),ここでの判断は「致し方無い」ものだったかな,とも思っています.…私感としては「人生最大の汚点」に近い向きもありつつ.

なお,ここでの中1次クラス分けに関しては,筆者1人だけを意図的に「小学校時代に関係の深かった生徒達から隔離する」,という施策が採られました.何で知ってるかって,昇降口の下駄箱や机椅子やロッカーに貼られている名前シールが二重になっていて,別の小学校同期男子(比較的近い関係で,かついじめっ子ではなかった)のシールが下に透けてたんだもの:「直前になって慌てて調整した」小中学校連携学校当局の動きが見え見えでした.そして後までいくと結局,筆者は中学3年間ずっと,生徒指導主任担任の下に監視され続ける事になります.
中学高校で男子トイレを「合意の下で」使っていた事例って,筆者と青木志貴さんくらいじゃないでしょうか.椿彩奈(旧名:椿姫彩菜)さんは「幼稚園以来一貫して女子」でしたし(処女作「わたし、男子校出身です。」参照).
また,「着替えが問題になるのでは?」というお問い合わせなども頂きましたが,ずっと体操着しか着てない(着替えない)から問題になりすらしません.あと超太ってたので(体重80kg超,3サイズ全部メートル単位),体型面でも外から見て性別とか分からないレベルでしたし.

 

そして,運命の「1学期中間テスト」を迎えます.

出身小学校から中学受験組がごっそり抜けたとは言え,中学では4小学校からの流入だったので,「学年210人中まぁ20番くらいいけばいいかな」くらいに思っていました.なお,筆者はこの時点で「試験は授業でやった事の中から出題されるのだから,原則満点が当たり前であり,いっそ0点満点の減点方式(不正答はマイナス点)とし,かつ常に抜き打ちにすべきだ」という自論を頑なに持っています.

9教科のテスト結果は各教科素点と合計点が表示されて返却され,その後の個別担任面談で「十番単位で順位が伝えられる」仕組みとなっていました.筆者の担任(生徒指導主任)は「十番以内」とにこやかに伝え,それ以上の事は教えてくれませんでした.ちなみに,筆者の合計点は満点の94.6%で,「勝負科目」と位置付けていた英語が99点で机蹴ってた憶えがあります.

ところが,ここで隣のクラスの担任がやらかします:上述のルールを破り,英語満点の女子に「学年3位」と伝えてしまったとの事で,「では1位は誰か」となって「ブリザム」と勝手にバラされる流れが,場外戦で勝手に発生していました.斯くして,筆者は「ブリザム学年トップだったんだってねー」と,小学校同期と顔を覚えたばかりの新参同期生の混ざった数多くの同期生から,廊下ですれ違う度に「真実を告げられる」事になります.隣の担任,グッジョブなのかやらかしなのか.

そしてここから,筆者に対する周囲の目が変わります.「中学に入ると学力の威力がここまで大きくなるのか」と,背筋に新たな認識が走った感覚は,今でも憶えています.

ゲーマー仲間は中学受験で私立に行ってしまったので,中学1年次は結局「友達」は出来ませんでしたが,いじめ暴力とかそういう概念は一掃されていました.授業で「二人組作ってー」の際には,おおよそ「微妙な男子」が余ってるのを見つけて「私も余ってるから組んで」と頼むような具合でした.
むしろ難関だったのは部活動で,コンピュータ部に入部届けを出したのですが,「君は問題起こさないか」「問題って何ですか」「例えば,フロッピー食べちゃうとか」と,顧問(学年主任;生徒指導主任よりはるかに怖かった理科教諭)に面接で確認される始末です.仕方が無いので「機材は一切食べません,飲食料持ち込み禁止なのでコンピュータ室では飲食一切しません」と誓約して,何とか入部する事になりました.
ちなみに,この時新たに出来たゲーマー仲間が,その後●十年来の付き合いになっていたりします(基本的に事実上の「男子部」で,女子は3学年合計でも片手に満たない程度の人数でした).

 

中学2年次になると,クラス替えの結果,学年内でも既に有名だった知的障害生(男子)が同級生になりました.お互い「余る」ので,必然的に授業で毎回「組む」事になります.更には,隣のクラスに部活のゲーマー仲間が入ってきて物理距離が近くなったので,休み時間にはいつもゲームの曲(※歌詞は付いていません)を廊下の端で歌っていました(以前記事でも述べたエピソード).
この頃までには,「学年トップは制服着ないでも許される」風潮が生徒教諭双方間に浸透し,筆者は「学年の雄」の立場を勝ち得る事になります.そもそも,無理矢理「男子寄せ」して生活していたので,学校当局もなかなか強く言えない様子で,筆者はその恩恵をのうのうと全面享受していました.なおアスペルガー障害は往時も健在です(※後の発覚).

また,筆者が「師匠」と仰いでいた幼稚園以来の同期男子が,「腕力」方面で学年コミュニティを事実上制覇していたので,筆者はその「参謀室長」という位置付けで,物理体力を含む生徒社会的にも強い立場を勝ち得る事になりました.ちなみにその師匠は学年最高身長で,強烈な膝蹴りを得意としていました.

 

そして,クライマックスの中学3年次がやってきます.
上述の部活ゲーマー仲間が同級生となり,知的障害生と私と合わせて「遂に魔のトライアングルが完成してしまった」と師匠に言わしめた,まさに「絶対結界」の最たるものでした.

この中学3年次にも,体育祭・文化祭両方総合優勝,合唱コンクール銀賞で「波動砲」と呼ばれていた筆者の大声は3年間最後まで遂に優勝に届かず,とエピソード盛り沢山なのですが,何と言っても皆のインパクトが強いのは,やはり「進路」でした.
ここへきて,筆者は再び「中学に入ると学力の威力が超優位になる」体感を再経験する事になります.

往時の県立トップ高校は模試でも常にA判定で,「まぁ余裕でしょう」とずっと思っていたのですが,中学3年次12月末の模試で「得点率総合98%」を叩き出し,偏差値75オーバーで国立東京学芸大学附属高等学校(学附)の合格率が60%を超えたので,年明け間際に急遽第1志望をこの国立に変更し,担任(結局3年間同じでした)に電話をして「国立受けたいんですけど」と言ったら「いいけど,まず受かんないよ」と言われつつも,「保護者の方に相談して」となり,両親に言ったら「やれるところまでやってみるがよろしい」という話になって,結果年明けギリギリで願書を母に取りに行ってもらって,まさかの国立受験となりました.
学校内では受験校は秘密にしていて,「受かったら言う」「早慶?」「いや早慶なんて遥かに簡単」などとごまかしつつも(往時早稲田って未だ男子校しか無かったんじゃないかな…?),筆者は初めて「受験勉強」を体験する事になります.この時の自分ルールは,「アニメは有り,ゲームは無し,疲れたらベッドに仰向けになっても良いが,抱き枕はNG」というものでした.夕食が出来ると妹が部屋まで呼びに来てくれるようになりました.

今更対応してくれる塾も無かったので(地理的にも遠かったですし),過去問を解いて1教科だけ点数が低かった数学を,市販の「最高水準問題集」で補強して,受験に臨みました.
ちなみに,筆者の持論だった「試験前だけ勉強するのはズルい」との信念は,「随時勉強しているなら論理的に整合性は成り立つ」に書き換えていました.

中学受験で私立にいった地元の同期から「過去問をやるといいよ」とアドバイスをもらい,過去問を徹底してやり込んで,「本番」に臨みます:

2/12(水)1次試験(筆記)
2/13(木)1次合格発表
2/14(金)2次試験(面接)
2/15(土)2次試験発表

2/13@世田谷区某所,結果はまさかの「1次合格」でした.この時点で在籍中学史上初となり,「歴代首席」(往時,但し6年後に抜かれる)が確定しました.教諭陣も流石に全力バックアップ体制となり,「我が校の命運はブリザムに懸かっている」的な空気が漂っていました.

2次試験では「3対1面接」という激しい構図で,「趣味は何ですか」「テレビゲームです」「では,好きなゲームのタイトルを3つ挙げて下さい」という,謎の緊張感で進んで終わりました.
発表が次の日だったので,聖書を読みながら回数券で世田谷まで向かいました.

2/15,2次試験の番号は無し.
「解禁」とばかりに,高校最寄り駅の前にあったゲーセンで格ゲーを1本やって帰りました.
中学は午前日程だったので,地元に帰ったらギリギリ校長先生が帰途につこうという所でした.
「不合格でした」「お疲れ様」という報告で,校内に辿り着いたら担任は未だ居たので,「仰っていた通り,まず受かりませんでした」と正直に(アスペルガークォリティ)言ったら,「何を言っている」と返されました.お前が年末に電話で言ってたんじゃないか.

 

反応が凄まじかったのは,週明けの2/17(月)です.翌日2/18(火)に県立高校一斉入試を控えていたタイミングで,筆者は自宅ゲームも解禁して呑気に遊んでいたのですが,生徒の反応が異常でした.結局「受からなかったけど高校名はバラした」訳ですが,大半の同期生が受験する県立高校入試を控えて,筆者の元に「どうだった?」というインタビューが,学校から自宅までの帰路に至るまで殺到しました.尚,訊いてくるのはほどんど女子.「現実主義とは斯くあるものか」を体感しました.

翌日の県立高校入試は余裕の英語数学満点,5教科総点96%.翌2/19(水)の新聞朝刊で自己採点をして,中学に登校してライバル(同じ高校)と得点照会.一部記述問題も有ったので,筆者は「最低でも94%」,相手は「最高でも94%」,「じゃあ私が勝ったな」でした.なお,県立高校の合格発表は,合唱コンクール(3/1)明けの3/5.入試制度変更初年度に伴う,異例の長期間空き合格発表でした.

 

3/10の卒業式で制服脱ぎ捨てて体操着で卒業証書を受け取った唯一の卒業生となりましたが,10年後でも全然伝説は語り継がれていて,しかも後に高校で同期生となる他市出身生から「高校でもやるの?」と訊かれるなど,香ばしい話題には事欠きません.

なおここで(後に判明する)重大な問題がありまして:
国立「第1志望」不合格で,すっかりやる気を無くしていた筆者は,高校の性別欄も「もうどうでもいいから中学と同じで」と書類を親に任せて提出してしまいました.この時の「判断の至らなさ」が,進学1年半後に炸裂する事になります(次記事に続く).

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#セクシュアルマイノリティ は暫定「女子部」に入れとく方が一応マルい,但し #発達障害 とは非常に相性が悪い【前編】

「#14歳の栞」観賞が尾を引きずっているブリザムです.SNSでプライベート連絡を交友関係各方面に送ったら,女子からしか反応が無ぇでやんの.

 

さて表題の件ですが,一応私は「両方」を通ってきている立場としての経験から述べたものです.意味は字面そのまんまで,「女子部」の方が包容力は高い,と一般論としては言えます.
だいぶ昔の話になりますが,「金八先生」で上戸彩さん演じるFtM(物理女子,脳ミソ男子)の生徒が相応の「受容」を勝ち取っていた構図を思い出して頂ければ,何となくお分かり頂ける向きもあるかもしれません.

但し,コミュニケーションに失敗してその「女子社会」から弾き出されると,「帰る場所」が無くなって最悪の場合地獄を見る事になります.というか筆者は見てきました,体感で.

 

筆者の「社会的所属」歴を時系列で概観すると,以下のようになるかと思います:

●幼稚園(2年保育)
 年中:女子
 年長:女子

●小学校
 1年生:女子
 2年生:女子→追放
 3年生:男子
 4年生:男子
 5年生:人外
 6年生:人外

●中学校
 1年生:男子
 2年生:男子
 3年生:男子

●高校
 1年生:男子
 2年生:男子→墜落
 3年生:東大組牽引/不登校

以下,参考情報記事として,順を追って説明していきます.

 

幼稚園はそもそもトイレとか着替えとか区別も何も無いので,別段大した問題は起こりませんでした.入園初日に教室内で男子同士が殴り合いやってるのを見て相当ビビりましたが,基本的には本読み(それも「図鑑」とか「交通の教則」とかのレベル)のオタクだったので,男子部から喧嘩を売られる事もなく,女子部のコミュニティ問題を起こす事もなく,おおむね平穏に生活していたように思います.当初は次代当主として育てられていたので(婿取りアリ養子アリの家柄でした),むしろ家庭の教育の方が厳しかったかもしれません(?);とは言っても,母親が「中の人男」で,下に妹弟が生まれる度に母方の祖父母宅へ預けられていたりしたので,こちらも然程大きな「負傷」などする事なく育ちました.

結果としては,何しろ「男子並みの荒さがない」ので,年長組になるとおままごとにも誘われるようになります.役柄は「アイスくれる近所のおじちゃん」でした.覚えてるかえーちゃんなっちゃん.

 

そして,そのまま持ち上がって(おおよそ卒業生は4小学校に分散),小学校も「女子部」スタートとなります。理由も上述と同じです.

しかし,このあたりから「問題」が顕在化し始めました.元々,冷静に考えると幼稚園年長時から「やる事が無くなって」変な試行錯誤(紙とか砂とか食べてみたり)に至っていたのですが,小学校1年次はそれが最速化します.「廊下に立ってなさい」の受刑回数はクラス断トツトップで,しかも教室の外に出ても喜んで奇声とか上げているので(授業が簡単なので追い出されても問題は感じなかった),担任から何度も平手を浴びました.

更に,担任ごと持ち上がりの2年次には女子部内でも「嫌がられる」状況が発生します.今にして思えばアスペルガー障害の典型なのですが,何しろコミュニケーションの距離感がおかしかった模様で,「占いごっこ」の一環として「縁切り儀式」を数人の女子から迫られます.えぇ,ハートのカードをハサミで切りましたよ,何枚も.
学年修了までには,「女子部から追い出されたけど男子部にも所属していない,学業成績は良いけどコミュニティの無い人」が見事に出来上がっておりました.

 

斯くして,居場所の無くなった3年次には,「男子部寄せ」で社会的処理が成される事になります.なお,行政登録とかどうなっていたのかは今でもよく分かりません.トイレは6年間「両方使用」でしたし(※但し学年で筆者唯一).小学生の間は,たしか男子部と女子部でケンカした際には「トイレに逃げ込む」という聖域戦術があったのですが,私にだけは効きませんでした;なんか知らんけど当時の小学校当局からもお咎め無しでした.

その後の小学3~4年次は,概ね「中学受験組並みの学業成績」と「ゲーマー」というポジションで「居場所」を作っていたはずです.筆者にRPGを薦めてきたゲーマー仲間の男子が,後(10年近く後)に「お前は絶対に強くなると思ってやった」と述懐していました.実際,後の中学時代にRPGで全国ランキングに2種乗ってるので,まぁそれなりといったところでしょうか.

 

しかしながら,小学生男子の社会ヒエラルキーというものは,おおよそ「50メートル走のタイムとドッヂボールの強さ」で決まっているものでして,そのゲーマー仲間とクラスが分かれてしまった5年次には,「男子部」における社会的位置付けが無くなってしまいました.
さりとて,女子部に「復帰」を申し入れても拒まれてしまい(何しろ,2年次以来の「気持ち悪いキャラ」の記憶は皆の中にバッチリ残っていましたので),いよいよ学校社会全般において筆者の居場所は無くなります.

そして,ほどなく「いじめ」が始まるに至ります.いじめと言ってもその内訳は大半が暴行で(今にして思えば性犯罪レベルを含む),端的に言えば「廊下でブリザムとすれ違ったらとりあえず蹴る」などといった有様でした.担任の居ない休み時間に,教室の角で男子に囲まれて下着まで剥かれて女子は誰も助けに来ない,という仕様でしたが,なぜかここで性的な意味でのダメージはさほど負っていなかった模様です;そんな事より,太腿に着火後のライターを押し当てられたり,腕を爪で掴まれて今なお残るレベルの傷を負ったりという,純粋に「痛み」の方が苦痛でした.
この段階までに,筆者は「親も教員も頼るに値しない」という実情を,身をもって悟る事になります.同クラス内別件の男女間「DV共依存」問題には児童込み会合を何度も開いてくれていたというのに.
なお,この時点では中学受験組が学力上位を席巻しており,筆者の成績は学年103人中ギリギリ十傑に入るかどうか,という程度でした(次記事に続く).

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映画「#14歳の栞」を観てきました

なんか「教育関係者にはオススメです」とかいう触れ込みで御紹介を頂いたので,見に行ってきたんですよ:

 

第1印象は何と言っても

「すげぇ,統率が取れてる!」

でした.だって見た限り全員制服着てるし.さすが公立王国埼玉(※トップ高校が別学です).

まぁ何というか,アレだと私の居場所は無いかな,的な.映画中でセーラー服着ていて一人称が「オレ」になっている生徒が居た場面は2か所ほど記憶しているのですが,筆者の場合は制服自体着ていなかったので.卒業式とか制服ごと吹っ飛ばしましたしね(苦笑);「学年首席(※後に実は歴代首席(当時)だと判明)なら何をやっても許される」がリアルにまかり通っていました.
筆者の知人(此処を見ている人を含みます)の中でも,男子だと思っている人と女子だと思っている人が居るのかもしれませんが(恐らく「結論は割れる」のではないかと思いますが),そもそもそんなもん無ぇよ:生殖腺全摘だしその前に染色体エラー(※性染色体に波及)ですし.
映画館の帰りに寄った駅のトイレでは,多目的トイレに「男女共用」と書いてあったので遠慮無く利用させて頂きました.暫定一人男女共用.

あと教室内では結構生徒たちがじゃれあっていたりもするのですが,何というかその…可愛いなって;だって筆者の中学時代(●十年前)って言ったら,36人学級で4人くらいは来ない人が居るし,ベトナムやブラジルから来ていてそもそも日本語喋れない同級生も各クラスに一人二人は居るし(たまに特別授業受けてて別学習でした),日曜に宅飲みやって二日酔いで出てくる奴は居たし(マズい遊びや化学物質も少なからず伝播していました…),中学2年次最大の問題事件と言ったら「選挙賭博(選挙違反どころではなく)」でしたからね….

 

そして,映画を見ていく中で思ったのは,

「すげぇ,『心の理論』がある!」

でした.「へー昨今の14歳ってそんな事考えてるのか」といったレベルではありません;「そもそも気持ちとかあるんだ」っていう重度アスペルガー障害クォリティ.やはり原理的に治らんもんは治らんという話です(「診断書が出た」旨の以前記事参照).筆者の中学時代なんてそんな高度な事到底考えてなかったよ,RPGと少女漫画(主に想定読者は小学生)といわゆる男性向18禁ゲームの事くらいしか日常の(思考としての)記憶に無い罠.今にして冷静に考えれば,これとて「他人の思考心情パターンの暗記」の一環だった訳ですが,まぁ結局実を結びませんでしたよね….

Twitterで「発達障害者の精神年齢は物理年齢×0.6」という話を見かけた事があるのですが(本当なのでしょうか?),今でさえなお,筆者の物理年齢は彼らの2倍を超えているのに,直感レベルで何を言っているのかよく分かりません;理詰めで考えれば一応その人が何考えているのか多分おおよそのところは分かるのですが,その理詰めって「雑踏を歩くときは先ずベクトル場を描いて…」というくらいの認識です.筆者は中学生当時「いずれもっと学問を知れば演繹的に導けるようになるのだろう」と思って物理学(後に結局「その為の」数学を専攻)に進んだのですが,結局そんな数式は出てきませんでした…;また,映画中ではあまりそれっぽい生徒が見当たらない事も気になっていました(アスペルガー症候群の発生確率は約1%オーダーと考えられているので,35人学級に一人も居なくても不思議ではない).行っててよかった,#アスペにやさしい東京大学.学校教諭になる計画もあったのですが(小学校の卒業アルバムに所載),これは務まらんな,とも今更ながら思いました.
往時未だ発達障害の概念は本邦内であまり広く認識が共有されておらず,中学校在籍当時の同級生には,さぞかし奇異に映っていた事でしょう(?).ちなみに,筆者の同期で仲良かったのは同様の自閉症スペクトラム色が強い人と知的障害者でした.学年首席と学年最下位が廊下で一緒に歌っている(※歌詞の無いゲーム音楽)楽しい日々でした.

あと意外(??)だったのは,皆さん勉強してるなぁと;筆者の中学時代は授業見てれば事足りたので(ノートを取らなかったので調査書の「ノート点」は●してやろうかと思いました).また分からなければその場で質問して分かるまで授業を進めさせませんでしたし,更にはテスト前だけ勉強するのも卑怯だと思っていたので…

 

そんな訳で,#PX2 (https://bwf.or.jp/)を開催する際には本来対象年齢層を今作品程度だと思って実施すれば良いと思しき訳です.筆者がファシリテーターやってて「何か合わねぇな」と思う理由もタイヘンよく分かりました.本当にありがとうございました.

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【メモ】どう遅くとも22世紀までにはいじめを根絶したい

まぁ脳の人ならそう言うのでしょうが,コーチとしては「いじめ一掃」を諦めない意向

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書) 2017/9/28 中野 信子 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4098253089/

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青チャート/ニューアクションαを使って大学受験でどこまでいけるか

なんかずっとコンスタントにニューアクションα関係の記事へアクセスが有るなぁ(しかも今月に入ってから漸増傾向だなぁ)…と思っていたら,拙サイト記事(初回の「ニューアクションα」をボロク●に叩いていたやつ)が「ニューアクションα レベル」のGoogle検索で3位まで上昇していたのですね…1位は東京書籍の公式サイトですし(焦);

一応,フォロー記事も公開してはおるのですが,今一つ「現実問題として,ニューアクションαをメイン教材に据えざるを得ない」高校生の方々には,大学入試対策としてどうすればいいのか,という切り口には未だ応えていませんでした.そこで,当記事で再度のフォローアップを試みてみたいと存じます.

 

先ず,客観的な評価として,ニューアクションα(or青チャート)はそもそも難易度の敷居が高い,という話は既出の記事で述べている通りです(※読んだ覚えの無い方はサイト内検索などして読んで下さいね? アクセスログを見ていると「叩いている記事だけ見て帰っている」人が相当数居るようですが,サイト内検索やリンク先参照を怠る人に対してまで責任は持てませんからね??).そして,いずれの教材にしても「フォローアップが必要:使用教材は4STEP等の教科書傍用問題集(※学校専用別冊解答付きに限る!)」という点も同じです.

…で,結局のところ,4STEPの物量を必死こいてこなした挙句,その上更にニューアクションα/青チャートの高難度問題まで定期試験範囲に指定されているからやらざるを得なかったりする訳ですが,率直に申しまして,ここは踏ん張るしか無い.

ちなみにかく言う筆者は,学校配布教材を無視して今は無き「寺田の鉄則」(実際は青チャートと同レベルでした)からいきなり演習を始めた訳ですが(くれぐれもマネしないように!),同期の数学トップ層は概ね青チャート(往時は学校「推奨」教材でした)と学校配布の傍用問題集「サクシード」をこなしていました.夏休みの課題は「ニューグローバル」で,高校3年次の課題は「スタン・オリジ数学演習」だったはずですが,これらもテキトーにすっ飛ばして「1対1対応の演習」へ接続していたりしました.
今考えると非常に強引で,大学受験指導者としては絶対にオススメしないコースですが,それでも数学は学年最高7位,校外では駿台全国模試(現ハイレベル模試)で偏差値75超,今は無き研数学館の東大模試では数学全国2位で開成トップを上回っていたりしました.これだけ聞くと「素質だったのでは」と思われるかもしれませんが,しかし往時の母校には少なくとも6人以上「格上」が居た訳です.なお同期の東大合格者数は8人です(文系含む).

対して,4STEP+青チャートを学校配布常時使用で強いられていた教え子は,一浪の挙句某難関私大医学部医学科に合格を果たしています.このエピソードからすると,青チャートなりニューアクションαメインコースも悪くないのかもしれませんが,物量的には現役生だとかなり厳しいのではないかと思われます(筆者は前述の通り,学校のカリキュラムは無視していたので…).

 

物量に続いては難易度の話に移ります.

先ず既述の通り,青チャートやニューアクションαは難易度としては高め(フツーの進学校高校生には難関大学狙いでもあまりオススメしない程度)です.他方で,逆に「では,もしこなす事が出来たらどこまでいけるのか」は気になるところでしょう.

現実的な問題として,これも既述したかと思いますが,これらの教材を「1対1対応の演習」へ接続しようと思うと,微妙にレベルがかぶります.さてそれでは,「1対1対応の演習」のような大学入試対応典型教材を使わずに,青チャート/ニューアクションαのみで東大など難関大学入試に合格出来るのでしょうか?(和田秀樹先輩の「青チャートで東大理三も受かる」はどこまで信用に値するのでしょうか??)

私感を率直に述べれば:青チャート/ニューアクションαは,「パターン学習としての設問の規模」が小さい点と「分野横断型の出題」への対策が弱いところが気に掛かります.その意味では,確かに「スタン・オリジ数学演習」や「数学問題集」(数研出版)のような教材を追加する,というのは一つの策かもしれません.
…但し,これらの教材をマトモにこなそうとすると,言わずもがな,かなりの学習量を必要とする事になります.

加えて問題になるのが,東京大学・京都大学や信州大学医学部のように高難度な出題がなされる大学と,多くの国公立や私立医学部医学科のように「網羅性とスピードと正確性」を問われる出題対策とでは,「受験眼前」までに必要となる学習方針が異なってくる,という点です.名古屋市立大学医学部医学科に再受験で合格した上雲晴さんは,直前期に「青チャートをランダムに解く」方針で対応していたとの事ですが,果たしてこの物量戦略がどこまで採れるか,と.
無論,医学部医学科志望の受験生はこの程度の「物量」学習が出来なくては話になりませんが,さても「今やっている勉強方法で本当に合格出来るのか…」といった思いは,受験生特に難関大学志望者にとっては,度々直面する主観的課題の典型と言っても過言ではないでしょう.逆に言えば,この「主観的問題」をクリア出来たなら,合格への途は拓ける,と考える事も可能です.

 

結論として,青チャート/ニューアクションαのレベルを必要とする大学入試に臨む人にとっては,当該教材に食らいついていく学習方針も採りうる,というくらいの話になります.東大入試なら「鉄緑会の教材についていけば充分じゃないか」…などと言いたいところですが,その方針だと横浜市立大学医学部あたりは逆に難易度過剰で問題になってくるかもしれない,的な温度感で.
いずれにしても,大学入試の出題においてはそれぞれ各大学学部の「特性」が現れるので,それに対応して(要するに早い段階から過去問を活用して)受験勉強を進めるしかない,というのが本音です.こんな事は先人各位がさんざん言っている話なので「今更そんな当たり前な」と思われるかもしれませんが,少なからずの受験生が「傾向対策」をマトモに行えていない,という現実があります.即ち,入試の傾向対策をマトモに行う事が出来れば,彼等「蒙昧なライバル」達をゴボウ抜きにして合格を勝ち取る事が可能になる訳です.

そんなわけで,青チャート/ニューアクションαは「マトモにこなしてついていく事が出来るなら」有用な教材ではある…のですが,如何せん敷居が高い;初動段階で「理解が成っていない」学習者が後を絶ちません.ですから,筆者の指導ではしばしば「教材を捨てさせる」という事をやむなく行っている次第です.
ニューアクションαの内容に特化した詳説講義動画でも作れば有益なのでしょうかね? 筆者はかつて,「4STEP」で同様の事を試みた時代があったのですが,あまりの物量に身体が負けて高校数学全範囲網羅を諦めました…;もしそこまで出来る猛者がいらっしゃれば,是非完遂して頂きたいと願います.
但し,そこまで「背景を含めて理解出来ている」人は数学科の学生~大学院生等に限られるでしょうし,また実際問題として「長い動画」は視聴されにくい,という(誠に残念な!)風潮傾向もあります.しかし,大学受験生各位におかれましては,斯様な時代背景などは無視して「勉学にガッツリ取り組む」という事を,どうか進めて頂きたい.なぜなら,大学入学後はどうせ「そういう学修法」を採らされるのですから.

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新学期の学修カリキュラムがキツい人向けの処方の一

東京大学個別学力試験(2次試験)追試験の入試問題が未だ手元に無くて涙目なブリザムです.皆様いかがお過ごしでしょうか.…そういえば,今日は帝国大学の創立記念日ですね.日本武道館での入学式が懐かしいです.

新入学期早々学校のカリキュラムの激しさに対する悲鳴が早くも一部ではかすれがちにさえなってきたかのように聞こえてきますが,ここを切り抜けると後は比較的スピードのついた持久走コースなので,先ずは最初の学期・最初の定期試験に「死なない程度に」臨めるようにしていく事が肝要です.

 

●高校生の場合(今年度から高校課程が始まる中学3年次以下の生徒も御参考に)

英語/数学のいずれかを強化しておくと大学入試では格段に有利です.東大入試でさえもそういう実状ですから,特に上位進学校では現実的な進路の選択肢の幅を広く取る為にも,「全国レベルでの武器科目」を作るいい機会だと思って,学校のカリキュラムを上手く活用して軌道に乗る事は良い選択だと思われます.
他方で これだと校内(同学年内)での優位性を持つ事は恐らく困難でしょう.その意味で,モチベーションに繋がる「武器」をどこまで手にする事が出来るのか,なかなか難しいところもあるかと存じます.
筆者は,某進学校で学年順位300番台から逆転で東大に現役合格させた実績を持っていますが,これとてあくまでも受験生本人が相当量の学習をこなし続ける事が出来たゆえの話であって,「休日は毎日15時間」の受験勉強が出来ない人には何らの処方箋が与えられていないという反省でもあります.

また,学校側が「意欲的な」生徒諸君のために,年間カリキュラム概要を年度始めに提示してくれている場合も少なくありません.これがあれば,学校の進度と自分の学習計画を整合させる事が出来るので,かなり心強いと言えます.もし提供されなくても,各科目担当教諭に「それに近いだけの情報」を出してもらうようお願いするのが良いでしょう.大体の場合,学校では「年間授業計画」が1コマ単位で決まっているものなので,これを提示してもらう事は本来的にはさほど難しくないのではないかと思います.
「本業受験生」を旨として月単位,年単位で学修に集中して頂きたいところです.

 

他方で,特に高校新入組の場合,中学までの課程と比べて「5教科(国数英理社)が各々倍増する」事も往々にして珍しくない訳ですから(例えば,数学が数学I+数学Aのように),定期テスト対策だけでも2週間前から始めていてもキツい事も珍しくありません(筆者は高2次に,試験期間開始2週間以上前から各科目の試験範囲復習を進めていましたが,世界史と日本史が被った日には前日の試験後即帰って始めた自習が10時間以上に及んで日付線を超えました…).

それでも,斯様に「中学までと比べてはるかに速くて濃い重いカリキュラム」に対して,悲鳴を上げつつ学習を進める最中であってさえも,高校入試レベルに不安が無いか,今のうちに確認しておきましょう.かく言う筆者は,この段階での「並行学習」の厳しさによって(?)高1入学最初の1学期で4kg痩せました.

なお,現状確認の際には,難関国立・私立高校入試問題>公立高校入試問題>公立高校入試対策用問題集>…の順にチェックしてみると,特に上位校合格入学者は学力が見えやすくて宜しいのではないかと思われます.

この段階で「穴」が見つかった場合は即中学内容復習ですが(教材は高校入試用問題集か,更に足りなければ中学定期試験対策向け教材で良いでしょう),もし特段学力に穴が無い場合でも,高校の要求水準との間にはギャップが有るかもしれません.
その場合,当該科目の担当の先生に「このカリキュラムが難しいので補充教材を追加したいので教えて下さい」と訊くなどして,自習主体でこの「ギャップ」を埋める学習機会を取るべきです.
筆者はこの「自習主体で学校のカリキュラムに追い付く」という発想に辿り着くまでに高校入学後半年掛かりましたが,当記事を読んで下さっている皆様におかれましては,「今から」着手される事を強く推奨申します.経験則によると,例えば数学の場合なら約1年半あれば高校課程全範囲の学修を終える事が可能です.ここまでくれば,学年トップとまではいかなくとも,相当な「全国レベルの武器」の準備は出来ていると思っても良いでしょう(実際に全国レベルを目指す為には,後に「演習」を追加していく事になります).

 

●中学生の場合

中高一貫等の難関校の場合,入学最初の学期からユルい中学課程をすっ飛ばして終わらせたり,高度な教材を与えられて膨大な学習量を要求される場合も少なくないでしょう.もしここで自力でついていく事が困難な場合には,その学校専門塾(有る所には有るものです)か「使える」塾(指導者の学力的な意味で)か,あるいは家庭教師(or完全1対1個別指導)に頼むのが無難でしょう.
特に難関中学の場合,2年次から高校課程に入ってしまう事も珍しくありません.その為,中学課程の内容で置いて行かれないよう,ここは踏ん張る必要があります.中学受験勉強に比べれば中学校のカリキュラム自体はそこまで難しくないので,この段階で高校学習への地盤固めに「パーフェクト」を求めましょう(高校生向けで上述).

 

他方で,中高一貫校や中等教育学校を除く公立中学校は「高校入試」が控えています.こちらは「内申点」というク●ゲーが立ちはだかります(苦笑).先ずこれがイヤな人は,実質入試一発で決まる国立・難関私立高校という選択肢が採れる環境ならば,その方針もアリだと考えます.
しかしながら,地方で名門公立高校が上位を占めているような環境ですと,もうこのク●ゲーに乗るしか選択肢が無いというのも実情です.その場合にはやむなく「内申点を取りにいく勉強」を進める事になりますが,ここで「関心・意欲・態度」やノート点などで姑息に点取りゲームだけに邁進するのは愚策です.あくまでも,定期テストの素点で上位を獲りにいく事が,「その後」(高校進学後の大学受験勉強)の為にも妥当でしょう.地元の塾などで.通っている中学の定期テスト過去問が蓄積されている環境がもし有れば,それに乗るのは有益な算段です.いずれにしろ,中学の授業カリキュラム自体は難しさと言ってもたかが知れているので,日頃から学習に打ち込んでも部活や趣味等に掛ける時間を取る事は充分可能なはずです.
また,小学校レベルの基礎学力が足りていない(「満点」でない)人は,正直に現状を真正面から見据えて,復習を並行学習として一刻も早く完了しましょう.高校に進学しない人は別としても,中学校の標準的なカリキュラムにマトモについていく為には,最低限「小学レベルが完璧」に出来ている事は不可欠です.自分に正直になって,必要な学習に取り組んで下さい.

 

●ちなみに大学生の場合は?

大学は「そういうところ」です:先ず此の点について納得して下さい.デジタル化の次には「(カリキュラム―特に難易度の)標準化」の波が来るかもしれませんが,皆さんが大学に居る内には流石に未だ来ないだろうと思います.どうせ悲鳴を上げている層の多くは大学初年級課程の人でしょうから,高校の伝手や名門進学校出身(同大学在籍者が多い)の知人の伝手で先輩を頼って,話を聞くなりしましょう.
なお,大学の場合は学年が進むにつれてカリキュラムがそもそも専門化して「標準もなにも…」という感じになってくる,という側面もありますので,上ではひとまず主に初年級対策の話だけしました.

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