マイナンバーカードが「実質的に性別非公開」の形(スリーブ入状態)で使えるようになったので,これはと思って地元自治体の自動交付機で(電子認証の確認実験を兼ねて)住民票を発行してみたところ,しっかり性別が表示されていて,率直に「要らんがな」と思う訳です.
そこで,あらためて窓口へ行って,「性別(あるいは生年月日)を『省略』ないし『非表示』その他これらに準ずる形で,つまり実質的に性別(あるいは生年月日)情報が表示されない形の,住民票発行を請求したい」と,強く行政当局に対して要求しました.
そして得られた回答案内の内容は,おおよそ「住民票では出来ないが,住民票記載事項証明書の方法によるなら,概ね所期の目的(性別ないし生年月日の非表示)に沿う形の公的機関発行証明書を取得する事は可能」という事でした.
「住民票記載事項証明書」そのものについての詳細は各自確認頂ければと存じますが,要するに「自分の住民票記載事項のうち,必要なものだけを記載した雛形」を持ち込んで,其処に書かれている内容項目のそれぞれが全部,住民票(即ち本来的には住民基本台帳)の記載内容各項目に一致している事を,自治体に証明してもらう,という書類制度です.
…この「持ち込む雛形」の段階で,そもそも「性別」とか「生年月日」とかの欄自体を作らなければ良い訳です.
実際,私はこの方法そのままで,「性別欄自体が存在しない,住民票記載事項証明書」を取得する事が出来ました.氏名・住所・生年月日,更には世帯主・続柄・本籍といった「元々省略発行可能」な情報もが全部証明記載されているのにもかかわらず,性別は欄自体が無い,という…各項目の意義に思うところある立場で見れば,なかなか壮観なものがあります.
これで,実質的に「住民票とほぼ同じ内容・効力」を持つ公的本人確認書類が取得出来た訳です.
特に,性別の不記載に関しては,性同一性障害や,あるいは性別違和症候群のような”更にマイナーなカテゴリの”セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の方々にとって,当事者主観的に重大な「有用性」を発揮する局面も少なからずあるのではないかと思い,今回参考のため体験資料的記事としました.
ちなみに,今回この手続を「実現」した現場は,神奈川県内のある基礎自治体です.もし当事者として制度を利用したい等,重大な関心のある方は,個別にお問い合わせ頂ければ詳細をお知らせする事も可能です(尤も,当記事の通りに手続を行えば出来るはずなので,実際その必要はあまりないかと思いますが).
但し,この記載事項証明書にも,住民票の「完全な代わり」とまではなり得ない欠点が存在します.
記載事項証明書の内容が「世帯全員」の分である,という事の証明は出来ないのです.具体的に個々の記載事項のどれが住民票で省略不可なのかは後述しますが,「住民票に記載が有って,記載事項証明書には有り得ない事項」の最たる(私が地元自治体で比較確認した限りでは唯一の)例はこれです(※恐らく根拠に関連すると思われる法令は:住民基本台帳法施行令第十五条あたりかと…?).尤も,「世帯全員分である」旨の証明がどういう場面で必要になるのか,直ちに思いつかなかった程度ながら.
とは言え,原理原則から言っても,記載事項証明書は「ここに書かれているのは,住民票に記載されている事項(の各々)と同一内容ですよ」と証明してくれているものなので,「住民票が必要」と求められている場合においても,実際その殆どは記載事項証明書で全く足りるはずです.
万一,住民票の代わりに記載事項証明書を提出して「これでは足りない」などと言われた場合には,「何の情報が必要なのですか,その根拠法令は何ですか」と先ず確認した方が良いでしょう(無論本来は,全ての人が「その情報を提供する事が必要な理由」について,毎回確認するべきと言えます:これはコンプライアンスといった括りの論点でもあるかと思います).
尚,「保険」に関しては,こと性別の非公開はまず無理なはずです.制度設計上,性別の区分を前提としているものだからです.生年月日非公開が無理な制度は…更に沢山あるでしょうな….
もう一つ,私が窓口で受けた説明(当記事冒頭)の内容を思い起こして,あらためて気になる事があります:
住民票(住民基本台帳の写し)そのものの場合では,どうして性別や生年月日等を「省略」した形での交付は出来ないのでしょうか.
住民票の様式を定めているのは「住民基本台帳法」が原則ですので,少し長いですがあらためて条文を確認してみましょう.
住民基本台帳法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S42/S42HO081.html
(本人等の請求による住民票の写し等の交付)
第十二条 住民基本台帳に記録されている者は、その者が記録されている住民基本台帳を備える市町村の市町村長に対し、自己又は自己と同一の世帯に属する者に係る住民票の写し(第六条第三項の規定により磁気ディスクをもつて住民票を調製している市町村にあつては、当該住民票に記録されている事項を記載した書類。以下同じ。)又は住民票に記載をした事項に関する証明書(以下「住民票記載事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
(中略)
5 市町村長は、特別の請求がない限り、第一項に規定する住民票の写しの交付の請求があつたときは、第七条第四号、第五号及び第八号の二から第十四号までに掲げる事項の全部又は一部の記載を省略した写しを交付することができる。
(住民票の記載事項)
第七条 住民票には、次に掲げる事項について記載(前条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をする。
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
四 世帯主についてはその旨、世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五 戸籍の表示。ただし、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所
八の二 個人番号(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律 (平成二十五年法律第二十七号。以下「番号利用法」という。)第二条第五項 に規定する個人番号をいう。以下同じ。)
九 選挙人名簿に登録された者については、その旨
十 国民健康保険の被保険者(国民健康保険法 (昭和三十三年法律第百九十二号)第五条 及び第六条 の規定による国民健康保険の被保険者をいう。第二十八条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の二 後期高齢者医療の被保険者(高齢者の医療の確保に関する法律 (昭和五十七年法律第八十号)第五十条 及び第五十一条 の規定による後期高齢者医療の被保険者をいう。第二十八条の二及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の三 介護保険の被保険者(介護保険法 (平成九年法律第百二十三号)第九条 の規定による介護保険の被保険者(同条第二号 に規定する第二号 被保険者を除く。)をいう。第二十八条の三及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一 国民年金の被保険者(国民年金法 (昭和三十四年法律第百四十一号)第七条 その他政令で定める法令の規定による国民年金の被保険者(同条第一項第二号 に規定する第二号 被保険者及び同項第三号 に規定する第三号 被保険者を除く。)をいう。第二十九条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一の二 児童手当の支給を受けている者(児童手当法 (昭和四十六年法律第七十三号)第七条 の規定により認定を受けた受給資格者(同条第二項 に規定する施設等受給資格者にあつては、同項第二号 に掲げる里親に限る。)をいう。第二十九条の二及び第三十一条第三項において同じ。)については、その受給資格に関する事項で政令で定めるもの
十二 米穀の配給を受ける者(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律 (平成六年法律第百十三号)第四十条第一項 の規定に基づく政令の規定により米穀の配給が実施される場合におけるその配給に基づき米穀の配給を受ける者で政令で定めるものをいう。第三十条及び第三十一条第三項において同じ。)については、その米穀の配給に関する事項で政令で定めるもの
十三 住民票コード(番号、記号その他の符号であつて総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)
十四 前各号に掲げる事項のほか、政令で定める事項
即ち,住民基本台帳法第十二条(反対解釈)によれば,交付を請求した住民票に「最低限必須記載される事項」は,第七条のうち下記の通りです:
一 氏名
二 出生の年月日
三 男女の別
六 住民となつた年月日
七 住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八 新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所
要するに,この6項目が「住民票交付の際に省略不可能な事項」という事になります.
そして,上述の通り第十二条5項では「市町村長は(中略)省略できる」と法定されている訳ですから,それ以外であるこの6項目については,「省略できる根拠法令が無い」事をもって,それらの各項目を省略した形での「住民票(の写し)」現物は,交付のしようが無い,という事になります.
ですから,例えばどこかの基礎自治体が「性的少数者にもやさしく」などと,良かれと思って,性別欄の記載がない”住民票”を発行しようものなら,その自治体首長は住民基本台帳法に抵触する事になってしまいます.
という訳で,これより深く細かな論点に関しては「立法が無い」という事ですので,例えば人権問題として憲法違反などを主張して司法で戦ったとしても,まずもって現実的な意義は期待に乏しいと考えざるを得ないところです.記載事項証明書の交付申請は幾分手間ですが(単に住民票ほど簡便化が進んでいない為),ひとまず「必要分の情報の証明書」は発行されるので,その点では現行制度でも人権に正当な寄与が成されている,といったあたりが,公的機関の立場からの現状認識観点でありましょうか.