「情報格差」が依然として存在する実態,あるいは「選択の科学」

先日,久しぶりに大型書店へ行って,高校学参・大学受験参考書の棚を渉猟してきました.「今どき紙の本かよ」といった論点は今回はひとまず脇に置きます.

すると,良書が沢山出ていました.特に,先年度~今年にかけて出た本が存外多い.これまで筆者は「自分の他に教えられる人が居ない内容が少なからずあって困っている」と思っていたのですが,こと受験参考書の充実ぶりに関して言えば,もはや「知識情報自体は世の中に足りている」とさえ思われる程度に,多彩で実の有る成書がそこには並んでいました.

しかし他方では,これほど良書が充実しているにもかかわらず,筆者のような民間教育産業の需要機会はまだまだ多く有ります.また更には,今や古典とさえ言える「青チャート」の記事に検索で飛んできて読まれる向きさえも,コンスタントに有る事がアクセス解析から分かります.

これほどまでに高等学校の日常学習~大学入試情報の供給が足りていない根本的な理由は,一体何なのでしょうか.

1つには,高校学参の棚に寄っても,「どれを選んで良いのか分からない」という問題が考えられます.いわゆる「目利き」あるいは「選択の科学(cf.シーナ・アイエンガー著)」とでも申せば良いでしょうか.

「目利き」に対する専門職への対価としては,より広く一般に「相応の公正妥当な対価」が低く見積もられがち,といった論点は未だなお有ります.いわゆる船の修理工の寓話などは有名なところでしょう.

かく言う筆者も,数値的には相対比較として高額の対価を要求していますが,この理由の一端は前述の需要が減っていない事にもあります.正直,1000~1500円程度の受験参考書(例えば30種類×科目数)の選択で迷うくらいなら,筆者に2時間5万円を払ってくれれば,完全個人向けのカリキュラム策定までも御提供出来ます.そう考えると,割安どころかダンピングに近い気もしてきますが,筆者としては時間の対価(以前記事で概算を述べた通り)を貰えればひとまず事足りるので,現状は此の価格設定としています.

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