前回記事についての反省

※あくまで反省とその為のまとめなので,聡明な方は読まれなくとも足るかもしれません:予め御了承下さい.

 

前回記事公開後,引用元記事著者御本人をはじめとして(!)識者の方々からあらためて記事等公開の形で御意見を頂戴しましたので,先ずその後の議論の流れを理解しながら整理しつつ,私の立場見解についても反省を進めて,それらの履歴記録を残す形にしたいと思います.

 

先ず,前回記事の「重要な追記」でも述べた通り,私の視点がそもそも「優先順位として筋が悪かった」事は,おおむね確かなようです.(ちなみに私の個人特性としてはどうも,各論を理詰めで掘り下げる能力に比して,それら各論を一目に眺められるよう配置して優先度を考える,といった事は苦手でありまして,今回のように「きちんと叩いて頂ける」事は大変貴重で有難いお話です.)

何よりも,速報レスポンス的な記事で山本さんが,まさに私の前回記事に応える形のタイトルをつけて下さった事は,「今一つ感覚として分かっていない人(典型例が私)への説明」として,誠に丁寧な補足を頂いたものと存じます.

「射幸性」はソシャゲの本質的な問題そのものです
http://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/5198079.html

>この中で、いわゆる「高額課金」問題を問うに当たって、業界側の高収益構造を担う最大のポイントは射幸心を煽る告知に関わるノウハウやビジネスの仕組みです。(中略)
>その仕掛けのひとつとして、金券扱いのため返金できないという前提で利用者規約が組まれ、ユーザーが極めて低い確率でしか目当てのカードが排出されないことを知らされないまま「確率アップ」という曖昧な文言で300円を突っ込み続け、爆死していくビジネスの仕方の根幹は、この射幸心の煽り方に課題があるといえます。
(中略)
>ブリザムさんからご指摘のあった内容については、個人的には射幸心を煽ること、そのための仕組み全般が問題だということで私は考えております。ある程度業界全体の認識を持ってもらうことで、問題点を良く認識して善後策を考えてほしいと思うわけでして。

これらの御指摘からもあらためて明白なのは,結局「射幸性」に帰着される因子そのものが,ソシャゲの現状問題の「本丸」であるという事に他なりません.と言うか,私の当初着眼点は「問題の本質」より「ソシャゲの本質」という話をしてしまっていた訳で,そもそも「それが問題かどうか」という事については,殆ど論を積み上げていません.
このあたりの「認識のズレ」についても,上記引用の山本さん記事では的確に指して頂いています:

>この問題については、(中略)当然のことながら消費者問題の中心に位置するべきものです。

>【山本一郎】ソシャゲのガチャで,本当にヤバい問題はどこなのか
http://www.4gamer.net/games/238/G023885/20160216028/

この有識者対談は記事公開当初に読んでいたはずなのですが…当局的温度感に対する私の認識がなおも鈍かった事は先ず反省です.

 

但し,一方で山本さんの現状御見解の中では,幾分色味を別にするかのように見える論点も並べおかれています:

>充分な所得のある人が、個人の趣味と確実な合意の下に年間2,000万円以上の資金をつぎ込んでゲームをしている現状については、問題視する必要は特にないと思います。実際にそういう人がいるからこそ、大多数の人が無課金や微課金でぶら下がっていてもゲームとして成り立つという現状はあります。

この観点もあくまで経営収支的な立場主体と見えますが,現状の問題とされる「大まかなもやっと一塊の雲」の内側に線を引いている所が有る,という意味で,意識の片隅に残しておくべき点ではあろうと思います.

 

さて,ここまで一連の流れを含めて(!)まとめて頂いたサイトが更にありましたので,先ず御紹介:

サイバーエージェントの偉い人はゲームとパチンコで射幸性が異なるとか本気で言ってるの?
http://www.siskw.com/entry/20160405/1459814241

タイトルがあたかも私まで真っ直ぐ刺しに来ているかのようで一瞬竦みましたが(苦笑),拙記事[&山本さんレスポンス]の内容に関しては,後段の「追記」で触れられています.

>インフォメーション・アーキテクチャとして課金システムの射幸性の構造を捉えると、「欲しい」というモチベーションに対してかなり割合の低い偶発性の上で少額を投資するという状況そのものが人間の認識に対して大きな誤解を生ませてしまう構造だと言えるのであり、その構造を成立させるだけの欲望を喚起できる対象であれば手に入れるモノの内容は問わないと言えるんじゃないかと思います。

要するに,拙記事の主張に照らせば「射幸心につけ入る形の商売システムが機能する状況においては,『入口』の方法種類はおおよそ何でも良いのであるから,萌え誘引力に何らの特殊性がある訳ではない」という御話です.
私自身が前記事を書くに至った動機からすれば,こちらの方が余程恐ろしい指摘です.何しろ,「脳ミソの構造的に,萌で釣るというのはエグい針の掛け方なのではないか」と言おうとしているところに,「商売上は,単に釣りやすい(ユーザー数なり売上規模なりが多く取れるスキーム展望がある)名目の一例に過ぎない」との論が上界をおさえている訳ですから,「萌え誘引性は,ソシャゲの問題を考える上では本質的でない要素」と言われているのとほぼ同じで,勿論これこそ真正面から前回記事の拙論に刺さる話でございます.

萌ゆる絵柄はあくまでも「入り口で釣るための方法論(の一)」でしかなく,その先は単なるエグい射幸性商売に直結されていた…という話ですと,その釣り針を美味いと思って食い付いた人達の心を慮るに,哀しみを禁じ得ません.

 

ただそれでもなお,「本当に萌え絵の誘引力には大した意味が無いのか?」という点には疑念を持っておりまして,端的には「じゃあプレイヤーはなんでそのゲームに着手して,そしてプレイを続けているのか」という話です:射幸心が「本体」だというなら,そもそも別にビジュアルが可愛いキャラクターをもってくる必然性は全然無かったんじゃないのでしょうか??と.
言い換えると,たとえ射幸性のように「噴き上がる」原動力の必ずしも直結現物ではなくとも,ゲームシステム(経営的観点含めて)の入口付近では常時「ベース火力」の如く,キャラクターの誘引力が効き続けている構図は,なお有るのではないでしょうか…?という.

 

ちなみに,私自身はソシャゲを殆どプレイしていないのですが,前回記事ではユーザー視点からのコメントを各所で頂いています:その中では「ゲームプレイヤーとしての欲求対象は『キャラが可愛いから』だけではない,それでは説明がつかない」という点の指摘が多く,これは単に前回記事で私が「直感的には」と始めた話をそのまま端的な日本語で説明した事例だけで突っ走ったという,論述の技術的な落ち度に起因するものと存じます.申し訳ありません.
とは言いつつも,それら御指摘の中で挙げられている「ゲームをプレイする他の動機因子」を見ていくと,「それは結局射幸心に帰着されますよね」という代物だらけだったりして,先に補足記事の終盤で「射幸心そのものが悪いと限った話ではない」と言及されている山本さんの慧眼にこそ,寧ろあらためて畏れ入るところであります.

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