日本語の言葉の選び方に気を遣って欲しい場面

過日,妹が結婚しまして彼の配偶者と母と同席しまして,その際に今更ながら,配偶者氏(姻族)に「私の位置付け」を確認する訳です.先に目の前の妹に「どういう『設定』になってるの?」とオタク用語風味で確認をとってみたのですが,明示の意向が無いようだったので,あらためて配偶者氏の方に「何扱いになってますか」と訊いてみた次第です.

すると,「お姉さん…もしくはお兄さん? 一応お姉さん寄りかな」という答えを頂きまして.
主観的にもわりとマシな部類の反応で気に入ったので,テンプレート通りに「お好みでどうぞ」と返しておいたのですが,それにしても,差し当り「2択かつ一旦判断後は固定」としたい意向認識はあるらしい,と見えます.私としては「どのみちその概念(世界観認識)自体が間違っている」としか言い様が無いのですが,そういう概念を「知らない」相手に理解を求めようとすると,一般知的水準の要求期待値が「東大生の平均を超える」程度になってしまう,という実情が経験の限りで見えているので,面倒な上に報われるかどうかさえも確実でないコストは削減する方向です,現時点では.

そこで代案の一として,予め狙って仕込んでおいた通りに,「英語にはsiblingっていう便利な概念があるんだけどね,日本語圏にも有れば,私ももっと冠婚葬祭に出席とかしやすくなると思う訳ですが」と,知見をひけらかしつつ釘を刺しておくところまでもテンプレです.

が,ここで意外な反応がありまして:

「え,そんな理由だったの」と母が一言.

え,って,こっちの台詞ですがな…貴方はさんざん知ってるはずですよね!? 中学高校で公立学校なのに制服指定があったので仕方無く「2種類両方買ってよ」と言った時,「金掛かるからヤダ」と断られたので結局制服着なかった,という一連の流れは,目の前どころか当事者だったじゃないですか…そんなの流石に忘れないと思うのですが.

 

と,此の通り一応半分ネタっぽい述べようが出来る程度の状況だったので,今回敢えて記事に書き起こして晒しておく訳ですけれども,もっと本質的に鋭い話として念の為触れておくと,今回の個人経験エピソードも「親族の無理解の典型」例には違いないと思います由.
別に親族だから特別云々という話でもないのですが(実際問題としては「近く」に理解者が居るかどうか,がおそらく最重要),ここまで近いところから「(結果的に)刺さる」認識を表示されると,やはり削れる向きは否み難いものがあります.

尤も,単に「知らないとそういうもの」という面も一般論としては大いにあるかと思うので,せめて「直接会った人」程度に対しては,随時普及啓発を図っていく意向は一応持っています.
ただ前述の通り,やはり「コストフルな上に,それにしてもなお期待値が低い」難題には違いないので,結果的には「ぶつかった時に発動」するくらいしか実効タイミングが見当らない状況でもありますけれども.

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映像講義「高等学校数学語」公開のお知らせ

先に外部拙教育サイトで公開告知(http://ameblo.jp/blz-edu/entry-12177843602.html)しました通り,YouTubeチャンネル「高等学校数学語」にて,数学語の解説動画を提供開始しました.
対象は一応「高校課程程度の数学」で,今後とも随時作成・公開を継続していく予定です.

本来はほぼ教育サイト側の範疇のコンテンツではありますが,当サイトの方がインデックスページ等の準備がしやすい形式であるといった事情もあり,トップページ左側(PC表示時)の固定ページの一に「高等学校数学語」チャンネル各動画へのリンクインデックスを用意する所存です(※更新:当サイト内インデックスページを作成しました:http://wp.me/P6S43T-56).

既に高校数学程度を既習の方にとっては,内容からして「釈迦に説法」もいいところかと存じますが,次世代を含めた教育に資していきたい私自身の意向には変わりありませんので,どうぞ宜しくお願いします.

また,動画自体は当然の如く無料で視聴出来ますので,該当分野の教育プログラムを受講したい方へ向けては,ぜひ推奨の情報拡散に御協力頂ければなお幸いです.

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「みんなと一緒に卒業したい」は学歴詐取ではないのか

京都府立朱雀高校で,妊娠中の高校3年生が体育の成績評価の結果として履修認定(単位取得)を得られず,卒業が出来なくなる見込みとの事で,世論が過熱するのみならず各行政当局がコメントを出す事態となっています.

状況が詳述されている新聞記事の写真(直下画像,https://pbs.twimg.com/media/Ck-WSzNWgAMIZWk.jpg:large)がTwitterに上がっていたのですが,出典が不明なので,やむを得ず写真を添付した元ツイートのアドレス(https://twitter.com/kuro_yua/status/742977752425435137)と共に紹介します:なお,当該ツイートの意見内容自体に関しては当サイト記事では差し当り言及しません.
新聞記事紹介写真ツイート

 

各報道記事を概観すると,高校現場の教員の対応・言及内容にも中々問題が有ったようで,人道的な観点から論じられる向きも大きいと見えます.
http://www.sankei.com/west/news/160615/wst1606150040-n1.html
http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20160615000155
http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/15/kyoto-pregnant-jk_n_10471830.html
ですが,妊娠出産等に係る人権保護の観点と,高等学校という公教育制度における履修認定=「公的ラベルの授与」の基準判断とが,混同して論じられているように見受けられる現状に対しては,率直に違和感を禁じ得ません.

報道によれば,本件では高校が「生徒本人の意向を無視して休学を勧めた」事が槍玉に上げられている模様ですが,そもそも休学を択ばずとも,当該生徒は成績評価に基づいて卒業要件を満たせず,退学等をしなければ「留年(原級留置)」が事実上確定していた状況のはずです.ここで,もし”配慮”によって卒業を認めてしまったとすれば,「本来は卒業基準を満たしていない生徒に,高等学校卒業の認定を与える」という事になる訳で,公教育(1条校)の制度とは何だったのか,との疑念に対しては,何らの正当性も説明されていません.

 

妊娠・出産ないし前後の過程(”コスト”)に際して,当事者に医学的あるいは経済的支援を提供するという事なら,まだしも意義は分かりますし,実際社会制度上もその算段は設けられています.ですが,「公教育課程の履修歴ラベルに関して『無いものを与える』」事に,果たして社会的正当性は認められうるのでしょうか.

 

本件の妊娠者は順当にいけば数か月後にも「親」になる訳で,それ自体は当事者・周囲関係者の方々を応援したく思いますが,当記事の表題で述べたように,敢えて厳しく言えば「学歴詐取の企図」とも受け取れかねない意向を表明している人が,親という「次世代の教育に深く関与する立場」になろうとしている状況に対しては,非常な懸念を覚えます.

 

あるいは,もっと根源的なところまで踏み込むなら,そもそも「みんなと一緒に」などと言う必要性が生じる”世間の空気”こそが問題の本質なのかもしれませんが,その方向性を護ろうとしたところで,どう足掻いても「泥船」の未来しか思い浮かびません.現在の親世代(本件の妊娠中生徒を含む)が「みんなと一緒に卒業出来る,配慮の行き届いた公教育制度」を守り勝ち得た結果として,その次世代にまでも「みんなと一緒」の空気を守るべき社会的精神圧力が継承されてしまう事になるとすれば,それは未来に対する責任の持ち方として,大分罪深い話なのではないでしょうか.
更に端的な言い方を重ねるなら,妊娠・出産においては「みんなと一緒」な事の方がむしろ少ないくらいの筈ですが(妊娠・出産の経験を持たない私ですら,体感的に納得出来る程度の話です:勿論,経験者達から直接の話を聞いている知識は含めています),当事者はその点をどう思っていて,同世代・歳上の世代・そして何よりも次世代に対して,その認識をどう伝えていくつもりなのでしょうか.

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興味はあるけど専門家になるつもりのない初学者は,どういう立場をとればいいのか

高木浩光先生のブログを目前にして正座してみたものの,先ず情報の物量に呆然としているブリザムです.サイバーテクノロジーと法制の両方に関心を持っている中途半端な初学者で,別段技術的に専門家になるつもりは今のところまず無いのですが,さりとて「何も知らないままやり過ごす訳にはいかないだろう」と感じながらここ何年か経っていて,積んでいる本も目の前だけで数十冊程度はあります.
先日,そんな本の山を眺めながら読書リストを確認して,年間通読冊数がだいぶ減っていて「やっぱり」と思った…のですが,その後で冷静になって電磁的文書の読字数を概算してみたら,日々の通読量合計はむしろ増えており,逆の意味で頭を抱えました;道理でしょっちゅう画面を見ながら「乗り物酔い」の状態を感じる訳です.

ここで,苫米地英人博士なら「専門家が読んできた(であろう)文献を全部読んでしまえ」と言うところでしょうが(既刊所載意見の通り),それを額面通りにやってみて,乗り物酔いを越えたところで往々にして「寝落ち」するのが半ば常態化していたところ,寝落ちを前提に生活を組み立てていた金子勇さんが早世された事を反省材料として,ようやく身体健康とのバランス感覚にまで意識が向きつつある…というのが,ごく最近の私の有様です.

勿論,これは学者としては満額の答えというか,ごく当たり前の大前提であって,「そうでない人が声を出す事はそもそも間違っていて,世界にノイズを提供しているに過ぎない」との原則認識くらいは分かります.かく言う私自身,「既出の議論を何度も説明し直すのはダルい」と思うから拙著や当サイト記事を書き貯めて公開している訳で,学歴のような知識到達水準で相手に「足切り」を掛ける判断なども,理論的には何ら間違っていないと思います.

他方で,実際現世的にはおおよそ「浅学無知を全く悪いと思わない,『鈍感力』に長けたノイズ発生器」の方が,まずもって優位である事も否めません.単純に「早いから有利」という事なのかもしれませんが,それをあらためて「不正確だけど早い」と言い直してみると,「幾ら何でもそりゃウソだろう」と直感的に思う訳です.

 

で,「それでは何を選択するのか」という問題意識が立つ事になります.こういう素朴な疑問を「なんとか話が通じる相手」のところへもっていくと,「あらゆる分野の専門家というのは居ない」と,これまたほぼ満額と思われる回答を頂いたりして,大抵は正座しながら挨拶してその日は終わるのですが,「では,あらゆる分野には専門家orノイズしか居ないのか,その『あいだ』にはどうやって歩み進めればよいのか」ともう一度食い下がると,往々にして方法論が見当らないといった状況に陥ります.
ちなみに,私が「専門」の看板を掲げている”教育”分野というのは,あくまでも正答(および満点)が存在しているが故に「やり込み」が有効であるに過ぎず,換言すれば「時間座標的には何も進んでいない」事に相違ありません(だからこそ,私の職務提供においては「若年者優遇」との大義名分の下に「未来時間期待値による足切り」を掛けている訳です).

 

「積んだ本を読むより積み増すスピードの方が速い」事を示す雑な試算モデルを作って大変萎ゆる思いをしたのは,もう大分昔だった気もするのですが,毎晩検索結果一覧から開いたタブを百ページくらい読んでいる内にブラウザがクラッシュして,ふと「我ながら本音は未だ懲りてないな」と思ったりもする次第です.
同期の計算機科学者から「お前さんはフレーム問題と戦っているのか」と言われたのもその大分前だったはずですが,そういえば最近は,横断歩道の渡り方とか電車の乗り方とかが,段々分からなくなってきた感もあります;5歳くらいの頃はむしろ「横断歩道の渡り方を学んで教える」事などをやっていた記憶があるのですけれども…「学習の効果で判断が鈍くなりました」なんて,額面通りには信じたくない話ですが??

 

見渡す限りの博士達も,さすがにそこまで「爆死」はしていないんじゃないか…と思うより前に,「どうやって相互認識しているのか」が気になって,共通了解とか呼ばれるプロトコルの成り立ちを模索し始めて今に至るのですが,つい直近も2択のトイレに阻まれて「壁を蹴っても仕方無いしなぁ」と佇んでいる中で,他の人達がおおよそそこで迷わない(らしい)様子を眺めて,理由が謎で不可解な気持ちになりました.もっとも,同じトイレの前で「50人分」もずっと見張っていた事はないので,確率的に出くわしていないだけかもしれませんけれど.

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性別欄が「2択」だと困る人は2%も居る(?)

昨年4月に電通の調査で「LGBT該当者は7.6%」という結果が出て,今更ながらに「やっぱり何度見ても『LGBT』って雑な括りだよなぁ」と思っていたのですが,直近の博報堂グループによる調査結果では,セクシュアルマイノリティの更に「内訳」までもが詳述されています:

博報堂DYグループの株式会社LGBT総合研究所、6月1日からのサービス開始にあたり LGBTをはじめとするセクシャルマイノリティの意識調査を実施
http://www.hakuhodo.co.jp/archives/newsrelease/27983
http://www.hakuhodo.co.jp/uploads/2016/05/HDYnews0601.pdf

 

報告書本文の解説では「その他のセクシャルマイノリティに該当する人は約2.1%」と述べられていますが,この数値の内にはAセクシャル(0.73%)が含まれており,Aセクシャルの定義は性的指向上の分類に基づくものですから,「性自認(自身の性別認識)が”マイナー”≒2択だと困る」状態の人とは必ずしも同義ではありません.

そして,Aセクシャルに端的に該当する人以外の「その他のセクシャルマイノリティ」は,今回調査においても一括りなので,果たしてその全員が「性自認に特殊性を有する」などと結論して良いのかは,正直に言えば不明です.

ですが,ひとまずは「何がしかの統計数値」を出しておきたいので,ここでは大まかに,残りの上述「その他」1.40%の人々を,「性別に何らかの課題を自認している人」と見なしてみる事にしましょう.

 

他方で,今回調査では,トランスジェンダーが「0.47%」と,先年電通調査よりも明確に「”T”の実態」が見える形となっています.期待値で言うと「中学校の同学年200人の内に1人」程度,という事になります.個人的には経験を踏まえて「直感よりも若干少ない」気もするのですが,日本国内法及びそれに関連する医学上の定義に基づく「性同一性障害(GID)」に該当する(or該当可能性がある)人の割合,という意味で理解すれば,まぁ尤もらしい数値ではあろうかと思える程度です.

これと対比して,上述の「(トランスジェンダー以外で)性別に何らかの課題を自認している人」1.40%は,中学校の同学年200人に期待値で3人近く居る訳です.
(あるいは,トランスジェンダー・性同一性障害者を含めて「性別に何らかの課題を自認している人」全体が200人中4人で,その内GIDに該当するのは1人,他の3人は「それ以外」と換言してみると,より直感的に分かる方もあるでしょうか.)

 

…なんだ,意外と多いじゃないですか.

 

「同学年人口比2%」というのは,おおよそ「偏差値70以上」に相当する訳で(別に何の測定数値が「上位」って話でもありませんが),その程度なら「学年内の成績優秀者」と存在遭遇確率は同じです.小中学校の同期で「成績優秀者」って,目立つ事こそあるでしょうが,別にそこまで「珍しい」とまでは感じられないのではないでしょうか(「2%」という数値のレアリティからすれば,本来は逆に「それほど頻出でもない」と一言注意併記しておくべきでしょうけれど).
…それと同程度の割合で,「性自認において突出している」人もが同学年に居る(はず:期待値としては)のです.わりとだいぶ「珍しくない」気がしてきませんか??

 

尤も,こと「性自認」に関する当事者の認識は,往々にして外観上は判断のつきようが無い場合もあります.理由として「わざわざ表明する機会・方法が無い」とか「社会的差別や”制裁”が怖い」等のいずれのファクターがどれだけ効いているのかは未知ですが,例えばそれこそ私のように「公立学校で制服が性別込みで指定されているのは違憲だと思うので着ません」などとロコツに”戦う”人の割合は,さすがに2%も居ないように思われます(私自身が小学校~高校に在籍していたのは大分昔の事ではありますが,おそらく現代でもそう簡単に「ハードルが下がった」訳ではないでしょう).
より仔細な数字を一応述べれば:高校の同学年400人中では私以外に見当たらず,1つ下の学年でも1人見掛けた限りでした(高校在籍当時は名簿と顔写真を日々チェックして暗記していたので,少なくとも網羅精度に限れば「ひとまずマシな資料」ではあるはずです).そうすると確率的には0.25%で,上述した今回博報堂調査から導出される数値と比較すれば,「残りの当事者の内で9割近くは隠れている」と見る事も出来ます.
存在比0.25%だと「偏差値78」相当になる訳でして,これではまぁ「およそ出会わない」と言われても致し方無いかな,という数値です.但し其の背景事情として,「当事者の8~9割は潜んでいる」(と,統計数値の概算から見て取れる:上述)という「色眼鏡」が,傍目から認識し難いところで既に掛かっている,という状況は,今一歩広く認識されたいものだと思います.

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「教育を受ける権利」を,当事者は本当に行使する気があるのか;と,教育立国としての展望への接続

先に拙教育ブログ(http://ameblo.jp/blz-edu/entry-12164240572.html)では「高校数学をマトモにやろうとする人なら」との一言でスルリと穏当な言及にとどめておいたのですが,ある意味でもっと根源的なところからの問題として,「そもそも履修希望者は本当にやる気があるのか」という点についての疑念は,なお否み難いものがあります.

 

以前にずっと高頻度で記事を更新していた上記教育ブログでは,憲法第二十六条「教育を受ける権利」に関して,さんざん論じてきましたが,「本来的にやる気のない人が,外観上『教育を受けたいです』と意思表明してしまう(例えば『高校入学を希望する』)という,社会実態としての状況」に対しては,今一つ「当事者(ら)が助かる処方箋」を提示していなかったように思います.

 

抜本的な言い様として一刀両断してしまうなら,「そもそも嫌な事をわざわざやりにいかなくても」とか「本来は何がしたかったのでしたっけ」といった話からスタートでも良いのでしょうが(コーチング的な文脈で「素朴に」方法論を適用すると,例えばこういった伝え方にもなり得るでしょう),実際問題として,例えば「自身の経歴実績と周囲からの期待とが相俟って『精神的圧力』が積もって辛くなっている優等生」のような典型手詰まりかけコースの事案に際して,上述のような言い方をしてみたところで,周囲どころかややもすれば本人の心にすら,率直には響かないかもしれません(指導者としての経験を含めての見解).

 

そこへきて,私の場合は「学校を辞めた人の心理体験」をもそれなりに有しているので,より個別具体的なアドバイザーとしての役割を果たせる可能性はあります.とはいえ,それでもなお「統計割合的にマイナー」という事からくる(と思われる)「怖さ」を拭い去る事は更に難しく,他の「原理的にも実証例上もうまくいく方法論」の選択肢を提示したところで,最終的にそちらを選ぶ人の割合は,世間一般の数字をそう上回らない程度に過ぎません.

 

他方で,国家制度単位での「教育水準の向上」という大目標を展望する立場においては,「やりたい人だけ来れば良い」などといった宣伝文句は,正面切っては打ち出しにくい気持ちもあります.
私自身は経歴上国公立学校を通ってきているので,「貴方は国税を受けているのだから」と折に触れて言われ慣れてきていますし,また近日には苫米地英人博士もTwitterで「私学の場合」を含めて言及されていましたが(https://twitter.com/DrTomabechi/status/733364276467900416),例えばこういった「公的負担による支援」との題目とセットで当事者へ言及を重ね伝えていく事で,より大枠としても「教育の効果」を高めていく,という目論見に,ひとまずはなるのでしょうか.

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「命をつぎ込んでイイ仕事をする」方向性について,私達はどう考えて臨めばよいのか

最近,こちらで顕名している以外のところで記事を書いていて,そこでは主としてコーチングの理論的観点から,

「本義の通り物理的(医学的)に命を削って注ぎ込んでまで,自らの意思でイイ仕事をしようとする人に関しては,原理的に防ぐ・差し止める算段が思いつかない(社会的害悪に該当しない限り).他方で,本意でない仕事で『心を削る』事には,元来何らの社会正義を見出せない」

と述べていたのですが,その記事が一般に公開されたちょうど直後に,あろうことか,「自ら命を注ぎ込んでまで生産性の高い仕事を続けていた」方の訃報に接する事となりました.

ご当人の直近の活動状況などを拝見すると,まさに「命を削ってでもやる」という意思が包み隠さず見てとれて,先述の私なりの基準からすれば,これは「防げない」タイプの方であった,という事になります.しかし他方では,この方は業界内でも「当初から無茶と思われるスケジュールでさえも多産な仕事をこなし,その仕事の成果に対してコンシューマー層からの評価も高く,市場性としても関係者一同嬉しい」との評をもって,其のお仕事成果を継続的に提出結実させてきており,更には同業・関連業種の職業人が「模範」と見ていた向きさえ,少なからずあった旨も聞き及んでいます.

経験則の限りでは,「産業分野を開拓するのは,一握りの『特化したバケモノ級の存在』である」,という向きも,未だ決して少なくないのではないか,と認識しているのですが,それをめいめい勝手のままに認めると,上述の通り「犠牲者」が出てしまう事も,また構造上避けられないと考えざるを得ません.

「身体・精神とも健康を基盤として,削れ過ぎない事は無論,元気で幸せに生きよう」とは,コーチとしてよりも寧ろヒーラーとしての,職責に根差す私の言明ですが,ひるがえって社会の実情を目の当りにするにつけ,「命も心も削っている」としか思えない人の姿が,大変多く見えてきてしまいます.

勿論,人間ドックのような健康診断・検査も定期的に受診してほしいのですが,「身体(あるいは精神も)に無理を掛けている」自覚のある方は,先ず十分に回復させるだけの機会を確保して頂きたいと,強く願います.
本来は無論,元気になってくれさえすれば方法は何でも良いのですが,例えばかくいう私もヒーラーとしての職務を提供しています:私のヒーリングセッションあまり用語として普及していませんが,より詳しくは「数学的ヒーリング」では,現代数理物理学の知見をも活用する事に加えて,「セッション後もきちんと休んで回復する時間・量を確保して下さいね」という,強いお説教がもれなく付属して,予後の効果を高めています

記事タイトル以下の「イイ仕事をしようと思うと命を削る羽目になりかねない」といった構造的事情に関して,直接に「対策」の算段を持っている訳ではないのですが,せめて「健康回復」の立場からは,マシいや万全を期したく,個人レベルからでも出来るところから随時着手して,貢献していきたい次第です.

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「住民票の性別不記載」風味な公的証明書の発行を受ける方法

マイナンバーカードが「実質的に性別非公開」の形(スリーブ入状態)で使えるようになったので,これはと思って地元自治体の自動交付機で(電子認証の確認実験を兼ねて)住民票を発行してみたところ,しっかり性別が表示されていて,率直に「要らんがな」と思う訳です.

そこで,あらためて窓口へ行って,「性別(あるいは生年月日)を『省略』ないし『非表示』その他これらに準ずる形で,つまり実質的に性別(あるいは生年月日)情報が表示されない形の,住民票発行を請求したい」と,強く行政当局に対して要求しました.

そして得られた回答案内の内容は,おおよそ「住民票では出来ないが,住民票記載事項証明書の方法によるなら,概ね所期の目的(性別ないし生年月日の非表示)に沿う形の公的機関発行証明書を取得する事は可能」という事でした.

 

「住民票記載事項証明書」そのものについての詳細は各自確認頂ければと存じますが,要するに「自分の住民票記載事項のうち,必要なものだけを記載した雛形」を持ち込んで,其処に書かれている内容項目のそれぞれが全部,住民票(即ち本来的には住民基本台帳)の記載内容各項目に一致している事を,自治体に証明してもらう,という書類制度です.

…この「持ち込む雛形」の段階で,そもそも「性別」とか「生年月日」とかの欄自体を作らなければ良い訳です.

実際,私はこの方法そのままで,「性別欄自体が存在しない,住民票記載事項証明書」を取得する事が出来ました.氏名・住所・生年月日,更には世帯主・続柄・本籍といった「元々省略発行可能」な情報もが全部証明記載されているのにもかかわらず,性別は欄自体が無い,という…各項目の意義に思うところある立場で見れば,なかなか壮観なものがあります.
これで,実質的に「住民票とほぼ同じ内容・効力」を持つ公的本人確認書類が取得出来た訳です.

特に,性別の不記載に関しては,性同一性障害や,あるいは性別違和症候群のような”更にマイナーなカテゴリの”セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の方々にとって,当事者主観的に重大な「有用性」を発揮する局面も少なからずあるのではないかと思い,今回参考のため体験資料的記事としました.

ちなみに,今回この手続を「実現」した現場は,神奈川県内のある基礎自治体です.もし当事者として制度を利用したい等,重大な関心のある方は,個別にお問い合わせ頂ければ詳細をお知らせする事も可能です(尤も,当記事の通りに手続を行えば出来るはずなので,実際その必要はあまりないかと思いますが).

 

但し,この記載事項証明書にも,住民票の「完全な代わり」とまではなり得ない欠点が存在します.

記載事項証明書の内容が「世帯全員」の分である,という事の証明は出来ないのです.具体的に個々の記載事項のどれが住民票で省略不可なのかは後述しますが,「住民票に記載が有って,記載事項証明書には有り得ない事項」の最たる(私が地元自治体で比較確認した限りでは唯一の)例はこれです(※恐らく根拠に関連すると思われる法令は:住民基本台帳法施行令第十五条あたりかと…?).尤も,「世帯全員分である」旨の証明がどういう場面で必要になるのか,直ちに思いつかなかった程度ながら.

とは言え,原理原則から言っても,記載事項証明書は「ここに書かれているのは,住民票に記載されている事項(の各々)と同一内容ですよ」と証明してくれているものなので,「住民票が必要」と求められている場合においても,実際その殆どは記載事項証明書で全く足りるはずです.
万一,住民票の代わりに記載事項証明書を提出して「これでは足りない」などと言われた場合には,「何の情報が必要なのですか,その根拠法令は何ですか」と先ず確認した方が良いでしょう(無論本来は,全ての人が「その情報を提供する事が必要な理由」について,毎回確認するべきと言えます:これはコンプライアンスといった括りの論点でもあるかと思います).
尚,「保険」に関しては,こと性別の非公開はまず無理なはずです.制度設計上,性別の区分を前提としているものだからです.生年月日非公開が無理な制度は…更に沢山あるでしょうな….

 

もう一つ,私が窓口で受けた説明(当記事冒頭)の内容を思い起こして,あらためて気になる事があります:
住民票(住民基本台帳の写し)そのものの場合では,どうして性別や生年月日等を「省略」した形での交付は出来ないのでしょうか.

住民票の様式を定めているのは「住民基本台帳法」が原則ですので,少し長いですがあらためて条文を確認してみましょう.

住民基本台帳法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S42/S42HO081.html

(本人等の請求による住民票の写し等の交付)
第十二条  住民基本台帳に記録されている者は、その者が記録されている住民基本台帳を備える市町村の市町村長に対し、自己又は自己と同一の世帯に属する者に係る住民票の写し(第六条第三項の規定により磁気ディスクをもつて住民票を調製している市町村にあつては、当該住民票に記録されている事項を記載した書類。以下同じ。)又は住民票に記載をした事項に関する証明書(以下「住民票記載事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
(中略)
5  市町村長は、特別の請求がない限り、第一項に規定する住民票の写しの交付の請求があつたときは、第七条第四号、第五号及び第八号の二から第十四号までに掲げる事項の全部又は一部の記載を省略した写しを交付することができる。

(住民票の記載事項)
第七条  住民票には、次に掲げる事項について記載(前条第三項の規定により磁気ディスクをもつて調製する住民票にあつては、記録。以下同じ。)をする。
一  氏名
二  出生の年月日
三  男女の別
四  世帯主についてはその旨、世帯主でない者については世帯主の氏名及び世帯主との続柄
五  戸籍の表示。ただし、本籍のない者及び本籍の明らかでない者については、その旨
六  住民となつた年月日
七  住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八  新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所
八の二  個人番号(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律 (平成二十五年法律第二十七号。以下「番号利用法」という。)第二条第五項 に規定する個人番号をいう。以下同じ。)
九  選挙人名簿に登録された者については、その旨
十  国民健康保険の被保険者(国民健康保険法 (昭和三十三年法律第百九十二号)第五条 及び第六条 の規定による国民健康保険の被保険者をいう。第二十八条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の二  後期高齢者医療の被保険者(高齢者の医療の確保に関する法律 (昭和五十七年法律第八十号)第五十条 及び第五十一条 の規定による後期高齢者医療の被保険者をいう。第二十八条の二及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十の三  介護保険の被保険者(介護保険法 (平成九年法律第百二十三号)第九条 の規定による介護保険の被保険者(同条第二号 に規定する第二号 被保険者を除く。)をいう。第二十八条の三及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一  国民年金の被保険者(国民年金法 (昭和三十四年法律第百四十一号)第七条 その他政令で定める法令の規定による国民年金の被保険者(同条第一項第二号 に規定する第二号 被保険者及び同項第三号 に規定する第三号 被保険者を除く。)をいう。第二十九条及び第三十一条第三項において同じ。)である者については、その資格に関する事項で政令で定めるもの
十一の二  児童手当の支給を受けている者(児童手当法 (昭和四十六年法律第七十三号)第七条 の規定により認定を受けた受給資格者(同条第二項 に規定する施設等受給資格者にあつては、同項第二号 に掲げる里親に限る。)をいう。第二十九条の二及び第三十一条第三項において同じ。)については、その受給資格に関する事項で政令で定めるもの
十二  米穀の配給を受ける者(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律 (平成六年法律第百十三号)第四十条第一項 の規定に基づく政令の規定により米穀の配給が実施される場合におけるその配給に基づき米穀の配給を受ける者で政令で定めるものをいう。第三十条及び第三十一条第三項において同じ。)については、その米穀の配給に関する事項で政令で定めるもの
十三  住民票コード(番号、記号その他の符号であつて総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)
十四  前各号に掲げる事項のほか、政令で定める事項

即ち,住民基本台帳法第十二条(反対解釈)によれば,交付を請求した住民票に「最低限必須記載される事項」は,第七条のうち下記の通りです:

一  氏名
二  出生の年月日
三  男女の別
六  住民となつた年月日
七  住所及び一の市町村の区域内において新たに住所を変更した者については、その住所を定めた年月日
八  新たに市町村の区域内に住所を定めた者については、その住所を定めた旨の届出の年月日(職権で住民票の記載をした者については、その年月日)及び従前の住所

要するに,この6項目が「住民票交付の際に省略不可能な事項」という事になります.
そして,上述の通り第十二条5項では「市町村長は(中略)省略できる」と法定されている訳ですから,それ以外であるこの6項目については,「省略できる根拠法令が無い」事をもって,それらの各項目を省略した形での「住民票(の写し)」現物は,交付のしようが無い,という事になります.
ですから,例えばどこかの基礎自治体が「性的少数者にもやさしく」などと,良かれと思って,性別欄の記載がない”住民票”を発行しようものなら,その自治体首長は住民基本台帳法に抵触する事になってしまいます.

 

という訳で,これより深く細かな論点に関しては「立法が無い」という事ですので,例えば人権問題として憲法違反などを主張して司法で戦ったとしても,まずもって現実的な意義は期待に乏しいと考えざるを得ないところです.記載事項証明書の交付申請は幾分手間ですが(単に住民票ほど簡便化が進んでいない為),ひとまず「必要分の情報の証明書」は発行されるので,その点では現行制度でも人権に正当な寄与が成されている,といったあたりが,公的機関の立場からの現状認識観点でありましょうか.

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【経過続報】交通政策審議会の首都圏鉄道整備計画に関する公開状況

以前記事で「概ね15年ごとに答申が出されてきたところ,今回は今年に入っても未だ出ていないようです」と述べていた件,「答申」という形よりは進行形の会合資料と思われますが,ひとまず公式情報が出たようですので,続報としてお伝えします:

第20回(2016年4月7日)東京圏における今後の都市鉄道のあり方に関する小委員会 配付資料
http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/tetsudo01_sg_000253.html

情報量が多くて,読みやすいとは言い難いのですが,内容はインパクトある話が結構見て取れます.
首都圏の鉄道整備計画を網羅的に論ずるほどの知見を持ち合わせておりませんので,誠に御手数ながら,先ずは各自図や表を見て,土地勘のある情報に着目などして「これは」とインパクトを感じて頂ければと存じます.

また,民間の立場から解説したサイトも既にあり,概要を知るには便利かと見えます:

都心・臨海部の鉄道計画の評価 -有楽町線豊洲住吉延伸/蒲蒲線が有利か?
http://www.toyosu.cc/archives/163856?utm_content=buffera6139&utm_medium=social&utm_source=facebook.com&utm_campaign=buffer

上述の通り,情報量が多くて私の立場で「まとめる」には複数の意味で手が追い付かないので,ひとまずは「続報」としての公式情報紹介をもって,今回記事の意義としたく存じます.

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適正な対価とは(2)電子出版編

通番的タイトルをつけてみましたが,同カテゴリの前回記事とは殆ど独立で,今回は表題の個別各論について述べます.

 

比較的直近の事ですが,電子出版に関して「仕事上の」お問い合わせを頂戴しました.直接連絡を取ってきた人は,私にとって「身内」もいいところの知人で,おそらく本人に悪気は無いのだろうと思うのですが,それにしても,所属企業(※出版系)から権限を任されて動いている以上,本来はあくまでも「職務関係」を前提とした形で話を進めるべき状況に違いありません.
ところが,今回の連絡相手は「個人的関係」をベースにして多くの仕事内容的な質問を送ってきてくれた挙句,最後まで「今度メシでもおごるよ」といった調子でありました.その相手本人の企業内ポジションと,同企業上層部の意向から察するに,「相応の知見・能力を有する人(私)から『知人の伝手』で有用な話を聞いて,自社プロジェクトに活用したい」といった流れが見え透いているかのようで,さすがにちょっとそれは待ってくれよ,と言いたい訳です.一応,連絡の末尾に「より深い話が必要になる際には,私が御社に出向く事になるでしょうから,その際はスケジュール合わせましょう」と誘導は言い含めておきましたが,こういう意味での企業の意識体質が,この先果たしてどうなります事やら.

 

さて,事のついでながらあらためて自己紹介をしておきますと:
私は昨年11月末に自身初の電子書籍(AmazonKindle対応)を出版し,同著は「教育・学参・受験」のカテゴリでベストセラー(ランキング1位)を獲得しました.また,この他にも当研究所(教育ビジネス研究所)の名義を冠さない,小規模出版希望者に対する電子書籍出版の全面的バックアップ等を行っており,日本語圏を主眼とした刊行物の展開ながら,海外での売り上げもが伸びてきている状況です.

そして,これらの「実績」の背景には勿論,長倉顕太さん・原田翔太さんを始めとする,電子出版業界・マーケティング・プロデュースといった,各方面の専門家による方法技術の粋が込められており,その中で私自身の上記実績も,これらの恩恵を存分に受けている事は確実と言えます.「何の師匠なのか」と一言で形容しにくい(それだけ本質的に分野の裾野が広範である故)事もあって,プロフィール欄の「師事した人」一覧にはお名前を挙げさせて頂いていないのですが,このお二方は間違いなく私の師匠,あるいは先達です.

この「専門家としての教育」を受けた上で,私自身が自らも実験例として電子出版を実行し,そして所期の成果を得た訳です.師匠達から習った方法技術の全てを活かしきるには,まだまだ私の活動範囲が追い付いていませんが,本来は此処にも未だ書いていない「凄まじいインパクト・ポテンシャル」を有し,しかも商業展開としての裾野も非常に広く展望出来る,壮大な企画が成立する沃土が広がっている分野です.

 

だからこそ,「ちょっと知人のよしみで質問」というのは,連絡の導入部分(実質上の挨拶)としてならまだしも,「職責」を含めた私の立場からすれば,「どう考えてもそんなタダみたいな安売りが許される話ではない」というのが偽らざる本音です.
(※なお例外として「私と同種の専門家教育を受けた人」については,「同志」としての関係が 有り得ると考える為,ちょっと特殊扱いです.該当者で当記事読者の方はお気軽にどうぞ.)

私くらいの実績を有する立場でも,当初の段階で「電子出版について相談したい」というお話であれば,「具体的な実現を所期目標として掲げる」事を前提に,初回相談対価として先ず5~10万円程度の支払は求めたい(現実上,問合せを頂いた私は本人共々「走り出す」前提で即始動する為,この程度のコストが最低ラインです).

そして,更に出版後の「著者本人の展望」につなげる話(※本来は出版を考える段階から並行設計しておくべき事)まで含めて,私が著者と共に,言わば著者に「寄り添う」形で責任を果たしていく道筋を展望し,実現していくという事を真摯に考えるならば,それはもはや,「電子出版に関するコンサルティング」から始まって,「著書を上梓した本人のプロデュース」にまで及ぶ,遥かに大きな展望(「壮大な野望」と言った方が嬉しい方はそちらを御採用下さい/笑)を見渡すプロジェクトとなります.
ここまでくると,そもそものフォーカスしていた媒体がもはや「電子出版」に限られず,「本人(企業単位の場合も含む)の行き方」そのものを扱う事になってくるので,その各段階において,私が如何なる職務役割を提供する事が出来るのか,随時確認しながらの仕事関係となるはずでしょう.

また,出版活動をこと「企業」という主体の立場からの位置付けとして考える場合,「企業経営戦略の一環として,出版という媒体をも活用する」という観点からすれば,突き詰めていくと本質的には「経営改善・企業生産性向上」の一環という面に辿り着くはずであって,これは寧ろコンサルティングの主眼とするところです.
其の意味で,私自身の例では一見「電子出版」という形を先行させていましたが,実は「効果・成功度において確実性が高い,コンサルティングに基づく企業戦略の道程」の雛形の一環として,実証実験を行い,所期の成果を得て其の「効果」を確認した,というのが,今更ながらのタネ明かしです.

 

上述の通り,個人におけるプロデュースや企業を中心とするコンサルティングのアプローチにおいて,必要に応じて随時電子媒体による情報発信の活用をも絡めた方法技術という「武器」には,現在(当記事公開時点)においてさえも,まだまだ非常に絶大な効果威力が存在します.これより先は「有償職務」の範疇と認識しておりますので,電子出版ないし経営改善に関心のある方は,上記初回相談料を御用意の上,御自身・御社の意向・展望と,当方への質問事項等を整理して,御連絡下さいませ.

 

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